・・・昨年の秋鳥部寺の賓頭盧の後の山に、物詣でに来たらしい女房が一人、女の童と一しょに殺されていたのは、こいつの仕業だとか申して居りました。その月毛に乗っていた女も、こいつがあの男を殺したとなれば、どこへどうしたかわかりません。差出がましゅうござ・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・その度に堂内に安置された昔のままなる賓頭盧尊者の像を撫ぜ、幼い頃この小石川の故里で私が見馴れ聞馴れたいろいろな人たちは今頃どうしてしまったろうと、そぞろ当時の事を思い返さずにはいられない。 そもそも私に向って、母親と乳母とが話す桃太郎や・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・そのうちある日上座の像に食事を供えておいて、自分が向き合って一しょに食べているのを見つけられましたそうでございます。賓頭盧尊者の像がどれだけ尊いものか存ぜずにいたしたことと見えます。唯今では厨で僧どもの食器を洗わせております」「はあ」と・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
出典:青空文庫