・・・ 赤井がそう断ると、傍で聴いていた白崎はいきなり、「君、やり給え! 第一、僕や君が今日の放送であのトランクの主を見つけて、かけつけて来たように、君の放送を聴いて、どこかにいる君の奥さんやお子さんが、君に会いにかけつけて来るかも知れな・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・横井は斯う云って、つくばったまゝ腰へ手を廻して剣の柄を引寄せて見せ、「見給え、巡査のとは違うじゃないか。帽子の徽章にしたって僕等のは金モールになってるからね……ハヽ、この剣を見よ! と云いたい処さ」横井は斯う云って、再び得意そうに広い肩・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そういう俗悪な精神になるのは止し給え。 僕の思っている海はそんな海じゃないんだ。そんな既に結核に冒されてしまったような風景でもなければ、思いあがった詩人めかした海でもない。おそらくこれは近年僕の最も真面目になった瞬間だ。よく聞いていてく・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・と言って志村はそのまま再び腰を下ろし、もとの姿勢になって、「書き給え、僕はその間にこれを直すから。」 自分は画き初めたが、画いているうち、彼を忌ま忌ましいと思った心は全く消えてしまい、かえって彼が可愛くなって来た。そのうちに書き終っ・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・……各々思い切り給え。此身を法華経にかうるは石にこがねをかえ、糞に米をかうるなり」 かくて濤声高き竜ノ口の海辺に着いて、まさに頸刎ねられんとした際、異様の光りものがして、刑吏たちのまどうところに、助命の急使が鎌倉から来て、急に佐渡へ遠流・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・「一寸居ってくれ給え。」 曹長は、刑法学者では誰れが権威があるとか、そういう文官試験に関係した話を途中でよして、便所へ行くものゝのように扉の外へ出た。 彼は、老人の息がかゝらないように、出来るだけ腰掛の端の方へ坐り直した。彼は、・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・僕から云うのも変だが、何よりまア身体を丈夫にしてい給え。」 ずんぐりした方が一寸テレて、帽子の縁に手をやった。 ごじゃ/\と書類の積まさった沢山の机を越して、窓際近くで、顎のしゃくれた眼のひッこんだ美しい女の事務員が、タイプライター・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・それ見給え、そういう芸があるなら売るが可じゃないか。売るべし。売るべし。無くてさえ売ろうという今の世の中に、有っても隠して持ってるなんて、そんな君のような人があるものか。では斯うするさ――僕が今、君に尺八を買うだけの金を上げるから粗末な竹で・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・先生は立って行って、その男の肩に手を掛け、むりやり火燵にはいらせ、「まあ一つ飲み給え。遠慮は要りません。さあ。」「はあ。」男は苦笑して、「こんな恰好で、ごめん下さい。」見ると、木戸にいる時と同様、紺の股引にジャケツという風采であった。・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・それじゃあ、明日邸へ来てくれ給え。何もかも話して聞せるから。」中尉はくるりと背中を向けて、同僚と一しょに店を出て行った。 門口に出ると、旆騎兵中尉が云った。「あれは誰だい。君に、君だの僕だのという、あの小男は。」「僕と話をする時・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫