・・・この世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して、その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります。その遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないかと思う。もし今までのエライ人の事業をわ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
一 書とは何か 書物は他人の労作であり、贈り物である。他人の精神生活の、あるいは物的の研究の報告である。高くは聖書のように、自分の体験した人間のたましいの深部をあまねく人類に宣伝的に感染させようとしたものか・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・ウイリイは、「これはきっといつかのおじいさんが私にくれた贈物にちがいない。」こう言って、ポケットから例の鍵を出して、戸口の鍵穴へはめて見ますと、ちょうどぴったり合って、戸がすらりと開きました。 ウイリイはすぐに中へはいって見ました。・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・「僕は、Kに何か贈り物しようか。」「十字架。」そう呟くKの頸は、細く、かよわく見えた。「ああ、ミルク。」女中にそう言いつけてから、「K、やっぱり怒っているね。ゆうべ、かえるなんて乱暴なこと言ったの、あれ、芝居だよ。僕、――舞台中毒か・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・二、廃船は意外わが贈物、浮ぶ『西太后の船。』 そもそも北京郊外万寿山々麓の昆明湖、その湖の西北隅、意外や竜が現われた。とし古く住む竜にして、というのは嘘。 おじさんが、いま牢へはいっているんだったら、いいな。そうすると私は、・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・ああ、この世くらくして、君に約するに、世界を覆う厳粛華麗の百年祭の固き自明の贈物のその他を以てする能わざることを、数十万の若き世代の花うばわれたる男女と共に、深く恥じいる。二十七日。「金魚も、ただ飼い放ち在るだけでは、月余の命、・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・この画は伊太利亜で描いたもので、肩からかけて居る金鎖はマントワ侯の贈り物だという。」またいう、「彼の作品は常に作後の喝采を目標として、病弱の五体に鞭うつ彼の虚栄心の結晶であった。」そうであろう。堂々と自分のつらを、こんなにあやしいほど美しく・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・またたとえば絵はがきの絵や、見舞いの贈り物などからさえも、ほとんど他人には想像もつかないような「意味」を感得する事があった。 そういう状態にある彼は、今この差出人の不明な、何物とも知れぬ球根の小包を受け取って無頓着でいるわけにはゆかなか・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・きょう子供の贈物にする人形の着物をほとんど一手で縫うたシュエスター何某が、病気で欠席されたのは遺憾でありますというような挨拶もありました。この挨拶が済むと、監督の尼さんが音頭をとって、子供の唱歌が始まり、それから正面の壇へ大きい子供がかわる・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・アカチーン街の語学の先生の誕生日に、何か花でも贈り物にしたいと思って、アポステル・パウルス・キルヘの前のけちな花屋へ寄って、あれかこれかと物色した末に買ったのがこの花であった。日本から輸入されたらしい桃色のちりめん紙で鉢を包んでもらって、す・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
出典:青空文庫