・・・毎年十二月になると東京の町々には耶蘇降誕祭の贈物を売る商品の広告が目につく。基督教の洗礼をだに受けたことのないものが、この贈物を購い、その宗旨の何たるかを問わずして、これを人に贈る。これが今の世の習慣である。宗教を軽視し、信仰を侮辱すること・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・「女の贈り物受けぬ君は騎士か」とエレーンは訴うる如くに下よりランスロットの顔を覗く。覗かれたる人は薄き唇を一文字に結んで、燃ゆる片袖を、右の手に半ば受けたるまま、当惑の眉を思案に刻む。ややありていう。「戦に臨む事は大小六十余度、闘技の場・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・これは私どもの王からの贈物でございます」と言ながら、ひばりはさっきの赤い光るものをホモイの前に出して、薄いうすいけむりのようなはんけちを解きました。それはとちの実ぐらいあるまんまるの玉で、中では赤い火がちらちら燃えているのです。 ひばり・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・、そして三冊ともその年の十二月に、多分はクリスマスの贈物として愛するイエニーに送られた。このほか一八三九年には、イエニーのために「民謡集成」という民謡集をこしらえた。若いカールは、そうしてイエニーへの思いを詩にたくしながら、法律・哲学・歴史・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・自分がもしここで兄や父親の手許に引取られたならば、自分は不幸にして容貌がうるわしいから、三度も四度も都合のよい贈物のようにしていつもいつも敵にまわる人の手にばかり渡されるだろうし、自分は自分の愛情のためにもそういう目にあうことは結構だ。また・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・等しくレビューの男役をする女優、例えば水ノ江タキ子その他に若い女学生が夢中になって、その真似をして髪を切るとか、何か贈り物をしたいために、三十円で私を買って下さいという手紙を或る会社の重役に送ったとかいうことについて、非難の言葉を表現してお・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・ 本当に、諸神が昔パンドーラに種々の贈物をされた時、私が何心なく希望を匣の下積みに投げ入れたのはよいことであった。 行って東風に頼んで来よう。少しはっきり下界の音を運びすぎる。――おやすみなさい、神々。今貴方がたの睡って被・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・その清らかに爽やかな初夏の贈物に向って心が傾きかかった。日ごとに白い花の数は増して、やがて恰好よい樹がすっかり白い単弁の花と覗き出した柔い若葉でつつまれた。幾日かかかって花は満開になったのだ。その満開のまま今度は更に幾日も幾日もある。那須山・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・東京に居ればこそ、小さい兄弟に、贈物をしたり、外からもらったりしてクリスマスを忘れる事はないけれ共、此んな処に来て居るとクリスマスの「ク」の字さえ口に出ないので、私も忘れ気味になって居た。暮を知らない様に静かな此村で、年越しをするのもおだや・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 身にふさわしい贈物も、おうけ致す。 わしの御返事なのじゃ――使者 たしかにお伝え申します。一人で去る。老僧 思わぬ事でお疲れがましました。 人々は帰ってもらう様に致しましょう。法王 何のそれには・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫