・・・それを学生のいうことでも馬鹿にしないで真面目に受け入れて、学問のためには赤子も大人も区別しない先生の態度に感激したりした。こういう本格的な研究仕事を手伝わされたことがどんなに仕合せであったかということを、本当に十分に估価し玩味するためにはそ・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・ 三毛は全く途方にくれているように見えた。赤子の首筋をくわえて庭のほうへ行こうとしているかと思うと、途中で地上におろしてまたなめころがしている。とうとうその土にまみれた、気味悪くぬれよごれたものをくわえて私たちの居間に持ち込んで来た。そ・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・といったようなものが多いから、アカデミックな立場から批評してそのきずだけを指摘すればこれを葬り去るのは赤子の手をねじ上げるよりも容易である。そうしてみがけば輝くべき天下の美玉が塵塚に埋められるのである。これも人間的自然現象の一つでどうにもな・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ ほとんど感傷的になって見とれている景色の中には、こんなに日が暮れかかってもまだ休まず働いている農夫の家族が幾組となくいた。赤子をおぶって、それをゆさぶるような足取りをして、麦の芽をふんでいる母親たちの姿が哀れに見えた。こうして日の暮れ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・それで科学者は眼前に現われる現象に対して言わば赤子のごとき無私無我の心をもっていなければならない。止水明鏡のごとくにあらゆるものの姿をその有りのままに写すことができなければならない。武芸の達人が夜半の途上で後ろから突然切りかけられてもひらり・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・もし陛下の御身近く忠義こうこつの臣があって、陛下の赤子に差異はない、なにとぞ二十四名の者ども、罪の浅きも深きも一同に御宥し下されて、反省改悟の機会を御与え下されかしと、身を以て懇願する者があったならば、陛下も御頷きになって、我らは十二名の革・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・しかしいかなる英雄も赤子も死に対しては何らの意味も有たない、神の前にて凡て同一の霊魂である。オルカニヤの作といい伝えている画に、死の神が老若男女、あらゆる種々の人を捕え来りて、帝王も乞食もみな一堆の中に積み重ねているのがある、栄辱得失もここ・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・それに生れて辛っと五月ばかしの赤子さんを、懐裏に確と抱締めて御居でなのでした。此様女の人は、多勢の中ですもの、幾人もあったでしょうが、其赤さんを懐いて御居での方が、妙に私の心を動かしたのでした。『美子さん、早く入ッしゃいよ。あら、はぐれ・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・「戸のあいてる時をねらって赤子の頭を突いてやれ。畜生め。」 梟の坊さんは、じっとみんなの云うのを聴いていましたがこの時しずかに云いました。「いやいや、みなの衆、それはいかぬじゃ。これほど手ひどい事なれば、必らず仇を返したいはもち・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ そういう日常の生活をしている官吏たちが、偶々一人の若い母親とその赤子の上にふりかかった災難をとりあげて警告的処罰をしようと思い立った理由は、どこにあり得たのだろうか。常識ある万人の心が、その母と子とを気の毒と思う場合、その人が処罰の対・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
出典:青空文庫