・・・この天与の性的要求の自由性と、人間生活の理想との間に矛盾が起こるのはむしろ当然のことである。この際自由の抑制、すなわち善というわけにいかぬものがある。 この男性にあらわれる生活精力上、審美上、優生学上の天然の意志については、婦人は簡単に・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・この次に来る戦争に於ても、又こういうことが起るであろう。そうして無産者は、屠殺場の如き戦場へどん/\追いやられるだろう。 しかし、プロレタリアートは、泥棒どもが縄張りを分け取りにするような喧嘩に、みす/\喧嘩場へ追いやられて、お互いに、・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・は話しの流れ方の勢で何だか自分が自分を弁護しなければならぬようになったのを感じたが、貧乏神に執念く取憑かれたあげくが死神にまで憑かれたと自ら思ったほどに浮世の苦酸を嘗めた男であったから、そういう感じが起ると同時にドッコイと踏止まることを知っ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・別な方からは、大胆な歌声が起る。 俺は起き抜けに足踏みをし、壁をたゝいた。顔はホテり、眼には涙が浮かんできた。そして知らないうちに肩を振り、眉をあげていた。「ごはんの用――意ッ!」 俺はそれを待っていた。丁度その時は看守も雑役も・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・まあ僕は哭きたいような気が起る。真実に苦しんで見たものでなければ、苦しんで居る人の心地は解らないからね。そこだ。もし君が僕の言うことを聞く気があるなら、一つ働いて通る量見になりたまえ。何か君は出来ることがあるだろう――まあ、歌を唄うとか、御・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・又禹の治水にしても、洪水は黄土の沈澱によりて起る黄河の特性にして、河畔住民の禍福に關すること極めて大なるもの也。よく之を治するは仁君ともいふを得べし。然るに『書經』は支那のあらゆる河川が堯の時以來氾濫し居たりしに、禹はその一代に之を治したり・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・、道徳なんてどうだっていい、ただ少しでも、しばらくでも、気持の楽な生き方をしたい、一時間でも二時間でもたのしかったらそれでいいのだ、という考えに変って、夫をつねったりして、家の中に高い笑い声もしばしば起るようになった矢先、或る朝だしぬけに夫・・・ 太宰治 「おさん」
・・・幻覚が起る。向うから来る女が口を開く。おれは好色家の感じのような感じで、あの口の中へおれの包みを入れてみたいと思った。巡査が立っている。あの兜を脱がせて、その中へおれの包みを入れたらよかろうと思う。紐をからんでいる手の指が燃えるような心持が・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 美術上の作品についても同様な場合がしばしば起る。例えば文展や帝展でもそんな事があったような気がする。それにつけて私は、ラスキンが「剽窃」の問題について論じてあった事を思い出して、も一度それを読んでみた。その最後の項にはこんな事が書いて・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・ 聞えないどころか、利平の全神経は、たった一枚の塀をへだてて、隣りの争議団本部で起る一切の物音に対して、測候所の風見の矢のように動いているのだ。 ナ、何を馬鹿な、俺は仮にも職長だ、会社の信任を負い、また一面、奴らの信頼を荷のうて、数・・・ 徳永直 「眼」
出典:青空文庫