・・・「ツイこの頃も社で沼南が、何かの話のついでに僕はマダ抱え俥を置いた事がない、イツデモ辻俥で用を足すというンのだ。沼南の金紋護謨輪の抱え俥が社の前にチャンと待ってるんだからイイじゃないか。社の者が沼南の俥を知らないとはマサカに思ってもいまいが・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・にかかる事であるから、このくらいの手を足すのも悪くはあるまい。 車掌も乗客も全く事柄を物質的に考える事が出来れば簡単であるが、そこに人間としての感情がはいるからどうも事が六かしくなる。 物質だけを取扱う官衙とちがって、単なる物質でな・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・しかし寝坊をして出勤時間に遅れないように急いで用を足す習慣のものには、これもまた瞑想に適した環境ではない。 残る一つの「鞍上」はちょっとわれわれに縁が遠い。これに代わるべき人力や自動車も少なくも東京市中ではあまり落ち着いた気分を養うには・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・だから歩かないで用を足す工夫をしなければならない。となると勢い訪問が郵便になり、郵便が電報になり、その電報がまた電話になる理窟です。つまるところは人間生存上の必要上何か仕事をしなければならないのを、なろう事ならしないで用を足してそうして満足・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・そういう風に自分で人の厄介にならずに裏の藪へ行って竹を伐って灰吹を造るごとく、人のお世話にならないで自分の身の囲りをなるべく多く足す、また足さなければならない時代があったものでしょう。さてその事実を極端まで辿って行くと、いっさい万事自分の生・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・足るを知るを勧むるにあらず、足らざるを知りてこれを足すの道を求むるにあるものなり。野蛮の無為、徳川の泰平の如きは、平安と称すべからざるのみならず、かえってこれを苦痛不快と認めざるをえず。その平安の美は煙草の麁葉にひとしきものといいて可なり。・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・私は二階でこれを書いているのですが、きょうは珍しいことが二つあったのでこの付録を足すことになりました。太郎が生れてはじめて動物園にゆきました。そしてあざらしが大層気に入って、かわゆがったそうです。熊は遠いところから見るのだし、お猿はチョコマ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫