・・・それから、それを掌でもみ合せながら、忙しく足下へ撒きちらし始めた。鏘々然として、床に落ちる黄白の音が、にわかに、廟外の寒雨の声を圧して、起った。――撒かれた紙銭は、手を離れると共に、忽ち、無数の金銭や銀銭に、変ったのである。……… 李小・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・ その半町ばかり離れた所が、ちょうど寂しい石河岸の前で、上の方だけ西日に染まった、電柱のほかに何もない――そこに新蔵はしょんぼりと、夏外套の袖を合せて、足元を眺めながら、佇んでいました。が、やっと駈けつけた泰さんが、まだ胸が躍っていると・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・「え、藤色とばかりじゃ、本読みが納まらねえぜ。足下のようでもないじゃないか」「眩くってうなだれたね、おのずと天窓が上がらなかった」「そこで帯から下へ目をつけたろう」「ばかをいわっし、もったいない。見しやそれとも分かぬ間だった・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・一体この男には、篠田と云う同窓の友がありまして、いつでもその口から、足下もし折があって北陸道を漫遊したら、泊から訳はない、小川の温泉へ行って、柏屋と云うのに泊ってみろ、於雪と云って、根津や、鶯谷では見られない、田舎には珍らしい、佳い女が居る・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・自分の踏んでいる足下の土地さえ、あるかないか覚えない。 突然、今自分は打ったか打たぬか知らぬのに、前に目に見えていた白いカラが地に落ちた。そして外国語で何か一言言うのが聞えた。 その刹那に周囲のものが皆一塊になって見えて来た。灰色の・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・私は勝手が分らぬので、ぼんやり上り口につっ立っていると、すぐ足元に寝ていた男に、「おいおい。人の頭の上で泥下駄を垂下げてる奴があるかい。あっちの壁ぎわが空いてら。そら、駱駝の背中みたいなあの向う、あそこへ行きねえ。」と険突を食わされた。・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・「そんなら、私はすぐそっちイ行きまっさ、紋附も二人分出来てまんねん」足元がぐらぐらしながらも、それだけははっきり言った。が、柳吉の声は、「お前は来ん方がええ。来たら都合悪い。よ、よ、よ、養子が……」あと聞かなかった。葬式にも出たらいかんて、・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・それがある極点にまで達しようとするとき、突如ごおっという音が足下から起こる。それは杉林の切れ目だ。ちょうど真下に当る瀬の音がにわかにその切れ目から押し寄せて来るのだ。その音は凄まじい。気持にはある混乱が起こって来る。大工とか左官とかそういっ・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
・・・たちまち林が尽きて君の前に見わたしの広い野が開ける。足元からすこしだらだら下がりになり萱が一面に生え、尾花の末が日に光っている、萱原の先きが畑で、畑の先に背の低い林が一叢繁り、その林の上に遠い杉の小杜が見え、地平線の上に淡々しい雲が集まって・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・かく思いつづけて青年が手はポケットの中なるある物を握りつめたり、その顔にはしばらく血の上るようなりしが、愚かなると言いし声は低ければ杖もて横の欄打ちし音は強く、足下なる犬は驚きて耳を立てたり。たちまち顔は常の色に復りつ、後をも見ずして静かに・・・ 国木田独歩 「わかれ」
出典:青空文庫