・・・ 下って行く途中、ひょいと、二人の足下から、大きな兎がとび出した。二人は思わず、銃を持ち直して発射した。兎は、ものゝ七間とは行かないうちに、射止められてしまった。 二人の弾丸は、殆んど同時に、命中したものらしかった。可憐な愛嬌ものは・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・自分は足元の松葉をかき寄せて投げつける。鮒子は響のごとくに沈んで、争い乱れて味噌汁へ逃げこんでしまう。 藤さんが笑う。 手飼の白鳩が五六羽、離れの屋根のあたりから羽音を立てて芝生へ下りる。「あの鴎は綺麗な鳥ですね」と藤さんがいう・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・自分の踏んでいる足下の土地さえ、あるか無いか覚えない。 突然、今自分は打ったか打たぬか知らぬのに、前に目に見えた白いカラが地に落ちた。そして外国語で何か一言云うのが聞えた。 その刹那に周囲のものが皆一塊になって見えて来た。灰色の、じ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・富士が、手に取るように近く見えて、河口湖が、その足下に冷く白くひろがっている。なんということもない。私は、かぶりを振って溜息を吐く。これも私の、無風流のせいであろうか。 私は、この風景を、拒否している。近景の秋の山々が両袖からせまっ・・・ 太宰治 「富士に就いて」
・・・ 軽井沢から沓掛へ乗った一人の労働者が、ひどく泥酔して足元があぶないのに、客車の入り口の所に立ってわめいている。満州国がどうして日本帝国がどうかしたといったような事を言って相手を捜している。客車の中から一人洋服を着た若い学校の先生らしい・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・バッタが驚いて足下から飛び出した。「いくら汚れてもよいように衣物を着換えて来たね。」精は無言でニコニコしている。足には尻の切れた草履をはいている。小川を渡って三軒家の方へ出る。あちこちに稲を刈っている。畔に刈穂を積み上げて扱いている女の赤い・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
・・・うなずきながら、足首までしろくなったじぶんの足下をみていると、長野がいつもの大阪弁まじりで、秋にある、熊本市の市会議員選挙のことをしゃべっている。深水はからだをのりだすようにして、「そりゃええ、パトロンが出来たなら、鬼に金棒さ、うん――・・・ 徳永直 「白い道」
・・・伏目になって、いろいろの下駄や靴の先が並んだ乗客の足元を見ているものもある。何万円とか書いた福引の広告ももう一向に人の視線を引かぬらしい。婆芸者が土色した薄ぺらな唇を捩じ曲げてチュウッチュウッと音高く虫歯を吸う。請負師が大叭の後でウーイと一・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ わたくしは小笹の茂った低い土手を廻って、漸く道を求め、古松の立っている鳥居の方へ出たが、その時冬の日は全く暮れきって、軒の傾いた禰宜の家の破障子に薄暗い火影がさし、歩く足元はもう暗くなっていた。わたくしは朽廃した社殿の軒に辛くも「元富・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・「早く君に安心させようと思って、草山ばかり見つめていたもんだから、つい足元が御留守になって、落ちてしまった」「それじゃ、僕のために落ちたようなものだ。気の毒だな、どうかして上がって貰えないかな、君」「そうさな。――なに僕は構わな・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫