・・・顔も体格に相応して大きな角張った顔で、鬚が頬骨の外へ出てる程長く跳ねて、頬鬚の無い鍾馗そのまゝの厳めしい顔をしていた。処が彼が瞥と何気なしに其巡査の顔を見ると、巡査が真直ぐに彼の顔に鋭い視線を向けて、厭に横柄なのそり/\した歩き振りでやって・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・歩くのじゃなしに、揃えた趾で跳ねながら、四五匹の雀が餌を啄いていた。こちらが動きもしないのに、チラと信子に気づいたのか、ビュビュと飛んでしまった。――信子はそんな話をした。「もう大慌てで逃げるんですもの。しとの顔も見ないで……」 し・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 美しき秋の日で身も軽く、少女は唱歌を歌いながら自分よりか四五歩先をさも愉快そうに跳ねて行く。路は野原の薄を分けてやや爪先上の処まで来ると、ちらと自分の眼に映ったのは草の間から現われている紙包。自分は駈け寄って拾いあげて見ると内に百円束・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・山路三里は子供には少し難儀で初めのうちこそ母よりも先に勇ましく飛んだり跳ねたり、田溝の鮒に石を投げたりして参りますが峠にかかる半ほどでへこたれてしまいました。それを母が励まして絶頂の茶屋に休んで峠餅とか言いまして茶屋の婆が一人ぎめの名物を喰・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・丘から谷間にかけて、四五匹の豚が、急に広々とした野良へ出たのを喜んで、土や、雑草を蹴って跳ねまわっているばかりだ。「これじゃいかん!」「宇一め、裏切りやがったんだ!」留吉は歯切りをした。「畜生! 仕様のない奴だ。」 今、ぐず/\・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・へ特筆大書すべき始末となりしに俊雄もいささか辟易したるが弱きを扶けて強きを挫くと江戸で逢ったる長兵衛殿を応用しおれはおれだと小春お夏を跳ね飛ばし泣けるなら泣けと悪ッぽく出たのが直打となりそれまで拝見すれば女冥加と手の内見えたの格をもってむず・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・なんでも我慢の出来ないほど自分達の上に加えられていた抑圧をこの叫声で跳ね退けるのではないかと思われた。「雪はもうおしまいだ。今に春が来る。そして春になればまた為事がある。」 この群の跡から付いて来た老人は今の青年の叫声を聞くや否や、例の・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ 来たな、とがばと跳ね起き、「とおして呉れ。」 電燈が、ぼっと、ともっていた。障子が、浅黄色。六時ごろでもあろうか。 私は素早く蒲団をたたみ押入れにつっこんで、部屋のその辺を片づけて、羽織をひっかけ、羽織紐をむすんで、それか・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・メロスは笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、羊小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。 眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。メロスは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ 赤白マダラの犬は、主人の呼声を知らぬふりで飛び跳ねながら、並樹土堤から、今度は一散に麦畑の中へ飛び込んで来た。麦の芽は犬に踏みにじられて無惨に、おしひしゃがれ、首を折って跳ねちらかされた。 そんとき、善ニョムさんは、気がついてびっ・・・ 徳永直 「麦の芽」
出典:青空文庫