・・・少なくとも鎖港排外の空気で二百年も麻酔したあげく突然西洋文化の刺戟に跳ね上ったぐらい強烈な影響は有史以来まだ受けていなかったと云うのが適当でしょう。日本の開化はあの時から急劇に曲折し始めたのであります。また曲折しなければならないほどの衝動を・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・茶碗の底を見ると狩野法眼元信流の馬が勢よく跳ねている。安いに似合わず活溌な馬だと感心はしたが、馬に感心したからと云って飲みたくない茶を飲む義理もあるまいと思って茶碗は手に取らなかった。「さあ飲みたまえ」と津田君が促がす。「この馬はな・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ びっくりして跳ね起きて見ましたら外ではほんとうにひどく風が吹いてうしろの林はまるで咆えるよう、あけがた近くの青ぐろいうすあかりが障子や棚の上の提灯箱や家中いっぱいでした。 一郎はすばやく帯をしてそれから下駄をはいて土間に下り馬屋の・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ 黒人たちは、時々何かわからないことを叫んだり、空を見ながら跳ねたりした。四本の脚はゆっくりゆっくり、上ったり下ったりしていたし、時々ふう、ふうという呼吸の音も聞えた。 二人はいよいよ堅く手を握ってついて行った。 そのうちお日さ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・に「突きあたって跳ねかえったものなら、自由というものは、およそどんなものかということぐらい知っていなくちゃ、もうそれは知識人とはいえないんだ」というところにあった。そしてその自由というのは「自分の感情と思想とを独立させて、冷然と眺めることの・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ 籠はフットボールのようにぽんぽん跳ねて一太にぶつかった。おかしい。面白い。一太は気のむくとおり一人で、駈けたり、ゆっくり歩いたりして往来を行った。 一太は玉子も売りに出た。 玉子のときは母親のツメオが一緒であった。玉子を持って一太・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・小姓は跳ね起きた。「なるほど。目がさめておったら、水も汲んでやろう。じゃが枕を足蹴にするということがあるか。このままには済まんぞ」こう言って抜打ちに相役を大袈裟に切った。 小姓は静かに相役の胸の上にまたがって止めを刺して、乙名の小屋・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・彼はがばと跳ね返った。彼の片手は緞帳の襞をひっ攫んだ。紅の襞は鋭い線を一握の拳の中に集めながら、一揺れ毎に鐶を鳴らして辷り出した。彼は枕を攫んで投げつけた。彼はピラミッドを浮かべた寝台の彫刻へ広い額を擦りつけた。ナポレオンの汗はピラミッドの・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・四つの足は跳ね合った。安次の死体は二人に蹴りつけられる度毎に、へし折れた両手を振って身を踊らせた。と、間もなく、二人は爆ぜた栗のように飛び上った。血が二人の鼻から流れて来た。「エーイくそッ。」「何にをッ。」 二人は再び一つに組み・・・ 横光利一 「南北」
・・・老人と子供と女房たちは綱に捕まって快活に跳ねている。誰が命令するというでもないのに、一団の人々は有機体のように完全に協力と分業とで仕事を実現して行く。 私は息を詰めてこの光景を見まもった。海の力と戦う人間の姿。……集中と純一とが最も具体・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫