・・・その内に彼等の旅籠の庭には、もう百日紅の花が散って、踏石に落ちる日の光も次第に弱くなり始めた。二人は苦しい焦燥の中に、三年以前返り打に遇った左近の祥月命日を迎えた。喜三郎はその夜、近くにある祥光院の門を敲いて和尚に仏事を修して貰った。が、万・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ ――彼が窓に届くように持って来ておいた踏石がとりのけられている。「ガーリヤ。」 砕かれた雪の破片が、彼の方へとんで来た。彼の防寒外套の裾のあたりへぱらぱらと落ちた。雪はまたとんできた。彼の背にあたった。でも彼は、それに気づかな・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・細長い踏み石がしいてあるその門と玄関との間のところに、犬小舎が置かれていて、そこに一匹の洋犬が鎖でつながれて暮しているのであった。 毛並の房々したその犬は全身が白と黒とのぶちなのだが、そのぶちは胡麻塩というほど渋く落付いてもいず、さりと・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・いつか、檜葉の梢の鳥は去って、庭の踏石の傍に、一羽の雀が降りて居る。先刻、私が屋根に認めた一群のものらしい。チョン、チョンチョンと一束にとび、しきりに粟を拾って居る。私は仄かな悦びを覚えた。けれども、その様子を見守って居るうちに、私はそぞろ・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・ナイチンゲールにとってクリミヤでの成果は彼女の経歴の有益な踏み石に過ぎず、それは世界を働かせる為の梃子台であった。クリミヤでの激労ですっかり健康を害してイギリスに着いた彼女は、心臓衰弱に襲われ、たえず気絶の発作と全身の衰弱に悩まされた。医師・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
出典:青空文庫