・・・尻は躍るし、目はまわるし、振り落されないだけが見っけものなんだ。が、その中でも目についたのは、欄干の外の見物の間に、芸者らしい女が交っている。色の蒼白い、目の沾んだ、どこか妙な憂鬱な、――」「それだけわかっていれば大丈夫だ。目がまわった・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ 彼女はちょっと目礼したぎり、躍るように譚の側へ歩み寄った。しかも彼の隣に坐ると、片手を彼の膝の上に置き、宛囀と何かしゃべり出した。譚も、――譚は勿論得意そうに是了是了などと答えていた。「これはこの家にいる芸者でね、林大嬌と言う人だ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・おれもその船を見た時には、さすがに心が躍るような気がした。少将や康頼はおれより先に、もう船の側へ駈けつけていたが、この喜びようも一通りではない。現にあの琉球人なぞは、二人とも毒蛇に噛まれた揚句、気が狂ったのかと思うたくらいじゃ。その内に六波・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・支那人の頭は躍るように、枯柳の根もとに転げ落ちた。血は見る見る黄ばんだ土に、大きい斑点を拡げ出した。「よし。見事だ。」 将軍は愉快そうに頷きながら、それなり馬を歩ませて行った。 騎兵は将軍を見送ると、血に染んだ刀を提げたまま、も・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・顔に当る薄暮の風、足の下に躍るトロッコの動揺、――良平は殆ど有頂天になった。 しかしトロッコは二三分の後、もうもとの終点に止まっていた。「さあ、もう一度押すじゃあ」 良平は年下の二人と一しょに、又トロッコを押し上げにかかった。が・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・そのとたんにまた金三は惣吉の母の手を振り離しながら、片足ずつ躍るように桑の中を向うへ逃げて行った。「日金山が曇った! 良平の目から雨が降る!」 ――――――――――――――――――――――――― その翌日は夜・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・軒先へ垂れている柳の条を肩へかけたまま、無理に胸の躍るのを抑えるらしく、「まあ。」とかすかな驚きの声を洩らしたとか云う事です。すると泰さんは落着き払って、ちょいと麦藁帽子の庇へ手をやりながら、「阿母さんは御宅ですか。」と、さりげなく言葉をか・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 冷い酢の香が芬と立つと、瓜、李の躍る底から、心太が三ツ四ツ、むくむくと泳ぎ出す。 清水は、人の知らぬ、こんな時、一層高く潔く、且つ湧き、且つ迸るのであろう。 蒼蝿がブーンと来た。 そこへ…… 六・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・そしてどちらの背中にも夏簾がかかっていて、その中で扇子を使っている人々を影絵のように見せている灯は、やがて道頓堀川のゆるやかな流れにうつっているのを見ると、私の人一倍多感な胸は躍るのでしたが、しかし、そんな風景を見せてくれた玉子を、あのいつ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・熱血、身うちに躍る、これわが健康の徴ならずや。みな君が賜なり。』 青年の眼は輝きて、その頬には血のぼりぬ。『されば必ず永久の別れちょう言葉を口にしたもうなかれ。永久の別れとは何ぞ。人はあまりにたやすく永久の二字を口にす。恐ろし二字、・・・ 国木田独歩 「わかれ」
出典:青空文庫