・・・ 四 高津の裏長屋の二階へ帰って四日目におかね婆さんは、息をひきとった。 身寄りの者もないらしく、また、むかしの旦那だと名乗って出る物好きもなく葬儀万端、二三の三味線の弟子と長屋の人たちの手を借りて、おれがしてや・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・それについて保証人がいるのだが、自分には両親もきょうだいも身寄りもない、ついては保証人になって貰えないだろうかと言うことだった。私はすぐ承知したが、それから二月たたぬ内に横堀は店の金を持ち逃げした。孤独の寂しさを慰めるために新世界とはつい鼻・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 両親をはやく失って、ほかに身寄りもなく、姉妹二人切りの淋しい暮しだった。姉の喜美子はどちらかといえば醜い器量に生れ、妹の道子は生れつき美しかった。妹の道子が女学校を卒業すると、喜美子は、「姉ちゃん、私ちょっとも女専みたいな上の学校、行・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・ 小沢は両親も身寄りもない孤独な男だったが、それでも応召前は天下茶屋のアパートに住んでたのだから、今夜、大阪駅に著くと、背中の荷物は濡れないように駅の一時預けにして、まず天下茶屋のアパートへ行ってみた。 しかし、跡形もなかった。焼跡・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ぜひとも御相談いたしたく、ほかにたのむ身寄りもございませぬゆえ、厚かましいとは存じながら、お願い。 坂井新介様。とみ。 助監督のSさんからも、このごろお噂うけたまわって居ります。男爵というニックネームなんですってね。おかしいわ。・・・ 太宰治 「花燭」
・・・お絹の家の本家で、お絹たちの母の従姉にあたる女であったが、ほかに身寄りがないので、お京のところで何かの用を達していた。おばあさんは幾年ぶりかで見る道太を懐かしがって、同じ学校友だちで、夭折したその一粒種の子供の写真などを持ってきて、二階に寝・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 村の聞新しい事柄がいつもこの婆さんの耳へどうしたものか先ず第一に入るものと見える。 身寄りない割りに我儘で、すき勝手に彼の人はきらいだとか、彼の女は、変だのと云う。そうしてそう云う人の噂はきっと悪くつたわるのである。 その噂の・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・他に身寄りもないので、彼女は喋りに来るのであったが、天気のどんなによい日でも、この長火鉢の前にいると戸外に日が照っていることを忘れてしまうようであった。「作さんも、おかみさん貰えばいいのに――」「ふん――何してるんだか――なに、この・・・ 宮本百合子 「街」
・・・姥竹は姉娘の生まれたときから守りをしてくれた女中で、身寄りのないものゆえ、遠い、覚束ない旅の伴をすることになったと話したのである。 さてここまでは来たが、筑紫の果てへ往くことを思えば、まだ家を出たばかりと言ってよい。これから陸を行ったも・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫