・・・漆を光らせた自動車の車体は今こちらへ歩いて来る白の姿を映しました。――はっきりと、鏡のように。白の姿を映すものはあの客待の自動車のように、到るところにある訣なのです。もしあれを見たとすれば、どんなに白は恐れるでしょう。それ、白の顔を御覧なさ・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・ と、自転車を走らせて急を知らせてくれ、お君が駆けつけると、黄昏の雪空にもう電気をつけた電車が何台も立往生し、車体の下に金助のからだが丸く転がっていた。 ぎゃッと声を出したが、不思議に涙は出ず、豹一がキャラメルのにちゃくちゃひっつい・・・ 織田作之助 「雨」
・・・暗い幌のなかの乗客の眼がみな一様に前方を見詰めている事や、泥除け、それからステップの上へまで溢れた荷物を麻繩が車体へ縛りつけている恰好や――そんな一種の物ものしい特徴で、彼らが今から上り三里下り三里の峠を踰えて半島の南端の港へ十一里の道をゆ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・バスが発車してまもなく横合いからはげしく何物かが衝突したと思うと同時に車体が傾いて危うく倒れそうになって止まった。西洋人のおおぜい乗った自用車らしいのが十字路を横から飛び出してわれわれのバスの後部にぶつかったのであった。この西洋人の車は一方・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・ 熱海へ下る九十九折のピンヘッド曲路では車体の傾く度に乗合の村嬢の一団からけたたましい嬌声が爆発した。気圧の急変で鼓膜を圧迫されるのをかまわないでいたら、熱海海岸で車を下りてみると耳がひどく遠くなっているのに気がついた。いくら唾を呑込ん・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・ふと私は民間自動車のラジオは許されていず、その設備のある新車体はセットをはずして車体検査を受けねばならぬという事実を想い起し、改めて悠々と走り去るラジオ自動車を眺めた。 宮本百合子 「或る心持よい夕方」
・・・うどん店 開業致し親切丁寧を旨として大勉強仕候間御引立の程願上候、 うどん/きそば入仙〔欄外に〕君が……かりねの床 ○下スワ、上スワ、チノ間の乗合自動車 赤、緑の車体 女車掌 茶の外套、赤・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・ 九 馬は馬車の車体に結ばれた。農婦は真先に車体の中へ乗り込むと街の方を見続けた。「乗っとくれやア。」と猫背はいった。 五人の乗客は、傾く踏み段に気をつけて農婦の傍へ乗り始めた。 猫背の馭者は、饅頭屋・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫