・・・だから軍医官でも何でも、妙にあいつが可愛いかったと見えて、特別によく療治をしてやったらしい。あいつはまた身の上話をしても、なかなか面白い事を云っていた。殊にあいつが頸に重傷を負って、馬から落ちた時の心もちを僕に話して聞かせたのは、今でもちゃ・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・暫らくしてS・S・Sというは一人の名でなくて、赤門の若い才人の盟社たる新声社の羅馬字綴りの冠字で、軍医森林太郎が頭目であると知られた。 鴎外は早熟であった。当時の文壇の唯一舞台であった『読売新聞』の投書欄に「蛙の説」というを寄稿したのは・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 来い来い、早う来い、イワーノフが活きとる。軍医殿を軍医殿を!」 瞬く間に水、焼酎、まだ何やらが口中へ注入れられたようであったが、それぎりでまた空。 担架は調子好く揺れて行く。それがまた寝せ付られるようで快い。今眼が覚めたかと思うと・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・院長の軍医正が、兵卒に貯金をすることを命じたのだ。 俸給が、その時、戦時加俸がついてなんでも、一カ月五円六十銭だった。兵卒はそれだけの金で一カ月の身ざんまいをして行かねばならない。その上、なお一円だけ貯金に、金をとられるのだ。個人的な権・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・「なまけているんだって、軍医に怒られるだけだよ。」木村は咳をした。「軍医は、患者を癒すんじゃなくて、シベリアまで俺等を怒りに来とるようなもんだ。」 吉原は眼を据えてやりきれないというような顔をした。「おい、もう帰ろうぜ。」 ・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・三等軍医だった。それが、私の眼鏡を見て、強いて近眼らしくよそおうとしているものと睨んだのである。御自分の眼鏡には、一向気づかなかったものらしい! そこで、私は、入営することになった。 十一月の末であった。 汽船で神戸まで来て、神・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・ 頭を十文字に繃帯している三中隊の男が、疚しさを持った眼で、まだ軍医の手あてを受けない傷をのぞきこみにきた。「骨をやられてやしないんだな?」 栗本は、何を意味するともなく、たゞうなずいた。「そうかい。」 と、疚しさを持っ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 自然主義運動に対立して平行線的に進行をつゞけた写生派、余裕派、低徊派等の諸文学については、森鴎外が、軍医総監であったことゝ、後に芥川龍之介が「将軍」を書いている以外、軍事的なものは見あたらない。たゞ、それらの文学と深い関係のある、或る・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ 軍医と上等看護長とが相談をした。彼等は、性悪で荒っぽくて使いにくい兵卒は、此際、帰してしまいたかった。そして、おとなしくって、よく働く、使いいゝ吉田と小村とが軍医の命令によって残されることになった。 二 誰れ・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ つぎには、これは築地の、市の施療院でのことですが、その病院では、当番の鈴木、上与那原両海軍軍医少佐以下の沈着なしょちで、火が来るまえに、看護婦たちにたん架をかつがせなどして、すべての患者を裏手のうめ立て地なぞへうつしておいたのですが、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
出典:青空文庫