・・・ やっぱり、まん中のは、大将の軍服で、小さいながら勲章も六つばかり提げています。両わきの小猿は、あまり小さいので、肩章がよくわかりませんでした。 小猿の大将は、手帳のようなものを出して、足を重ねてぶらぶらさせながら、楢夫に云いました・・・ 宮沢賢治 「さるのこしかけ」
・・・島田のお家の前の往来に一杯御父上、母上、軍服を着た達治さん、むっつりした隆治さん、国旗を手にした信吉叔父上その他を中心に見送りの男の人達が円く溢れたところをとったものです。あの狭い往来のこちら側からむかい側の軒下まで人でつまっていて、もしバ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
『新日本文学』に「町工場」という小説を発表した小沢清という若いひとが、「軍服」という小説をかいた。小沢清は勤労者の生活をしながら小説をかくようになった青年である。 まだ試作というべき作品であるが、「町工場」は、へんに凄ん・・・ 宮本百合子 「小説と現実」
・・・書斎の鴎外ではなくて、おそらくは軍医総監としての鴎外が、襟の高い軍服をきっちりつけた胸をはり、マントウの肩を片方はずした欧州貴族風の颯爽さで彫られている。立派な鴎外には相異なく眺められた。けれども、私はやっぱりそういう堂々さの面でだけ不動化・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・この画というのは、巨大な軍服に白手袋の魯国が仰向きに倒れんとして辛くも首と肱とで体を支えている腹の上に、身長五分ばかりの眉目の吊上った日本兵がのって銃剣をつきつけているイギリス漫画である。三十二年後の今日の漫画家は果してどのようなカトゥーン・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・破れた軍服を着て、云いようない軍帽を斜にかぶって、両脚のない乞食こそは、李茂なのであった。 春桃は人力車をやとって、李茂と屑籠とをのせた。そして、廂房のわが家へ帰った。李茂は、小ざっぱりとした廂房の内部と、春桃の生活につよい好奇心がある・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ そうして観て行って、成功したカッスル夫妻の様々な新しい踊りの姿、カッスルの出征、やがて二人が最後に一緒におどる踊り、カッスルは軍服で、カッスル夫人は白い装でおどるあのワルツ風の踊りは、実に美しかった。磨きぬかれた舞踊の技術と情緒の含蓄・・・ 宮本百合子 「表現」
・・・ポーランドは美人国だそうだから男もせいぜい綺麗にするのかもしれないが、彼等の軍服の華やかなことといったら、玩具の大将みたいだ。ツルツルに剃って、粉をふった頤を、雪のように高いカラーの上にのせて、白い手袋をもって、輝く靴の後では拍車が歩くたん・・・ 宮本百合子 「ワルシャワのメーデー」
・・・顔にはおりおり微笑の影が、風の無い日に木葉が揺らぐように動く外には、何の表情もない。軍服を着て上官の小言を聞いている時と大抵同じ事ではあるが、少し筋肉が弛んでいるだけ違う。微笑の浮ぶのを制せないだけ違う。 石田はこんな事を思っている。鶏・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫