・・・束の間の閃光が私の生命を輝かす。そのたび私はあっあっと思った。それは、しかし、無限の生命に眩惑されるためではなかった。私は深い絶望をまのあたりに見なければならなかったのである。何という錯誤だろう! 私は物体が二つに見える酔っ払いのように、同・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・彼は彼の制作よりも寧ろ彼の為人の裡に詩を輝かす病的、空想的の人物であった。未だ見ぬ太宰よ。ぶしつけ、ごめん下さい。どうやら君は、早合点をしたようだ。君は、ボオドレエルを掴むつもりで、ボ氏の作品中の人物を、両眼充血させて追いかけていた様だ。我・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私が父や兄に対する敬愛の思念が深ければ深いほど、自分の力をもって、少しでも彼らを輝かすことができれば私は何をおいても権利というよりは義務を感じずにはいられないはずであった。 しかしそのことはもう取り決められてしまった。桂三郎と妻の雪江と・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・どの家にも必ず付いている物干台が、小な菓子折でも並べたように見え、干してある赤い布や並べた鉢物の緑りが、光線の軟な薄曇の昼過ぎなどには、汚れた屋根と壁との間に驚くほど鮮かな色彩を輝かす。物干台から家の中に這入るべき窓の障子が開いている折には・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・昔、仏像の製作者が、先ず斎戒沐浴して鑿を執った、そのことの裡に潜む力は、水をかぶり、俗界と絶つ緊張の中に存するのではなく、左様にして後、心を満たし輝かす限りないポイズの裡にあるのではないだろうか。〔一九二一年十二月〕・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・ こういう不便でかつおたがいにきまりのよくない文化事情に立って、日本の若い人々に与えられる外国作家の作品翻訳は、必ずしも、ほんとに明日を輝かすものでない場合が少くない。ドストイェフスキーがこんなに流布していることと、そのような商業出版の・・・ 宮本百合子 「はしがき(『文芸評論集』)」
出典:青空文庫