・・・丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。 私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉みじんだろ・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・げにわれは思う、女もし恋の光をその顔に受けて微笑む時は花のごとく輝く天津乙女とも見ゆれど、かの恋の光をその背にして逃げ惑うさまは世にこれほど醜きものあらじと、貴嬢はいかが思いたもうや。 母上との物語をおえて二階なるわが室にかえり、そのま・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・』と叔父さんの指す方を見ると、朝日輝く山の端を一匹の鹿が勢いよくむこうへ走ってゆく、その後をよほど後れて二匹の犬、ほえながら追っかけて行く。 画に書いた鹿や死んだ鹿は見たが、現に生きた鹿が山を走るのを見たは僕これが始めてだから手を拍って・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・彼がこの小松原の法難における吉隆と鏡忍との殉教を如何に尊び、感謝しているかは、彼の消息を見れば、輝くほどの霊文となって現われているのであるが、ここに引用する余裕がない。後に書くが日蓮はまれに見る名文家なのである。 この法難から文永五年蒙・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ お河童にして、琴の爪函を抱えて通った童女が、やがて乙女となり、恋になやみ、妻となり、母となって、満ち足りて、ついには輝く銀髪となって、あの高砂の媼と翁のように、安らかに、自然に、天命にゆだねて思うことなく静かにともに生きる――それは尊・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 面は火のように、眼は耀くように見えながら涙はぽろりと膝に落ちたり。男は臂を伸してその頸にかけ、我を忘れたるごとく抱き締めつ、「ムム、ありがてえ、アッハハハハ、ナニ、冗談だあナ。べらぼうめえ、貧乏したって誰が馬鹿なことをしてなるもの・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・と家内に一言して、餌桶と網魚籠とを持って、鍔広の大麦藁帽を引冠り、腰に手拭、懐に手帳、素足に薄くなった薩摩下駄、まだ低くならぬ日の光のきらきらする中を、黄金色に輝く稲田を渡る風に吹かれながら、少し熱いとは感じつつも爽かな気分で歩き出した・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ 仏蘭西語の話をする時ほど、学士の眼は華やかに輝くことはなかった。 やがて高瀬はこの家に学士を独り残して置いて、相生町の通りへ出た。彼が自分の家まで歩いて行く間には、幾人となく田舎風な挨拶をする人に行き逢った。長い鬚を生した人はそこ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・樹と樹との間には、花園の眺めが面白く展けて、流行を追う人々の洋傘なぞが動揺する日の光の中に輝く光影も見える。 二人は鬱蒼とした欅の下を択んだ。そこには人も居なかった。「今日は疲れた」 と相川はがっかりしたように腰を掛ける。原は立・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・賞品をもらうときシャツの袖がちらと出て、貝のボタンが三つも四つも、きらきら光り輝くように企てたのでした。家を出て、学校へ行く途々も、こっそり両腕を前方へ差し出し、賞品をもらう真似をして、シャツの袖が、あまり多くもなく、少くもなく、ちょうどい・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
出典:青空文庫