・・・ 紅の綱で曳く、玉の轆轤が、黄金の井の底に響く音。「ああ、橋板が、きしむんだ。削ったら、名器の琴になろうもしれぬ」 そこで、欄干を掻い擦った、この楽器に別れて、散策の畦を行く。 と蘆の中に池……というが、やがて十・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・谿河の水に枕なぞ流るるように、ちょろちょろと出て、山伏の裙に絡わると、あたかも毒茸が傘の轆轤を弾いて、驚破す、取て噛もう、とあるべき処を、――「焼き食おう!」 と、山伏の、いうと斉しく、手のしないで、数珠を振って、ぴしりと打って、不・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ その小児に振向けた、真白な気高い顔が、雪のように、颯と消える、とキリキリキリ――と台所を六角に井桁で仕切った、内井戸の轆轤が鳴った。が、すぐに、かたりと小皿が響いた。 流の処に、浅葱の手絡が、時ならず、雲から射す、濃い月影のように・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・引きあげられた漁船や、地引網を捲く轆轤などが白い砂に鮮かな影をおとしているほか、浜には何の人影もありませんでした。干潮で荒い浪が月光に砕けながらどうどうと打ち寄せていました。私は煙草をつけながら漁船のともに腰を下して海を眺めていました。夜は・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・歌の主は腕を高くまくって、大きな斧を轆轤の砥石にかけて一生懸命に磨いでいる。その傍には一挺の斧が抛げ出してあるが、風の具合でその白い刃がぴかりぴかりと光る事がある。他の一人は腕組をしたまま立って砥の転るのを見ている。髯の中から顔が出ていてそ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・直ぐにきいきいと轆轤の軋る音、ざっざっと水を翻す音がする。 花房は暫く敷居の前に立って、内の様子を見ていた。病人は十二三の男の子である。熱帯地方の子供かと思うように、ひどく日に焼けた膚の色が、白地の浴衣で引っ立って見える。筋肉の緊まった・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・ 別当はぎょろっとした目で、横に主人を見て、麦箱の中に抛り込んである、縁の虧けた轆轤細工の飯鉢を取って見せる。石田は黙って背中を向けて、縁側のほうへ引き返した。 花壇の処まで帰った頃に、牝鶏が一羽けたたましい鳴声をして足元に駈けて来・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫