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・・・なんとか助けて下さい、と懇願しても、その三十歳くらいの黄色い歯の出た痩せこけた老婆、ろくろく返事もなく、規則は規則ですからねえ、と呟いて、そろばんぱちぱち、あまりのことに私は言葉を失い、しょんぼり辞去いたしましたが、篠つく雨の中、こんなばか・・・
太宰治
「二十世紀旗手」
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・・・それで木曜会に出る度数は減ったが、訪ねて行くときは、午後早く行って夕方に辞去するようにした。そのころ、門の前まで行くと、必ず人力車が一台待っていた。客間には滝田樗陰がどっかとすわって、右手で墨をすりながら、大きい字とか小さい字とか、しきりに・・・
和辻哲郎
「漱石の人物」