・・・…… その晩田宮が帰ってから、牧野は何も知らなかったお蓮に、近々陸軍を止め次第、商人になると云う話をした。辞職の許可が出さえすれば、田宮が今使われている、ある名高い御用商人が、すぐに高給で抱えてくれる、――何でもそう云う話だった。「・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 閣下、私は一昨日、学校も辞職しました。今後の私は、全力を挙げて、超自然的現象の研究に従事するつもりでございます。閣下は恐らく、一般世人と同様、私のこの計画を冷笑なさる事でしょう。しかし一警察署長の身を以て、超自然的なる一切を否定するの・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・掏賊の手伝いをしたッて、新聞に出されて、……自分でお役所を辞職した事なんでしょう。私が云うと、月給が取れなくなったのを気にするようで口惜しいから、何にも口へは出さなかったけれど、貴方、この間から鬱いでいるのはその事でしょう。可いじゃありませ・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ 泣かれて、女事務員は辞職を思い止まった――というから、女というものほど当てにならぬものはない。 そんな風に、お前の行状は世間の眼にあまるくらいだったから、成金根性への嫉みも手伝って、やがて「川那子メジシンの裏面を曝露する」などとい・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・自首して出ようかとも考がえ、それとも学校の方を辞職して了うかとも考がえた。この二を撰ぶ上に就いて更に又苦しんだけれど、いずれとも決心することが出来ない。自首した後での妻子のことを思い、辞職した後での衣食のことを思い、衣食のことよりも更に自分・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・「どうもしない。」「だって。……わたしの事?」「ナーニ。」「それならお勤先の事?」「ウウ、マアそうサ。」「マアそうサなんて、変な仰り様ネ。どういうこと?」「…………」「辞職?」と聞いたのは、吾が夫と中村と・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・万一の誤りを教えてならないとなれば世界中の学校教員は悉皆辞職しなければならない。万一の危険を恐れれば地震国の日本などには住まわぬがよいというと一般なものである。恐るべきは権威でなくて無批判な群衆の雷同心理でなければならない。 本当の科学・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・そうした場合に、その設計者が引責辞職してしまうかないし切腹して死んでしまえば、それで責めをふさいだというのはどうもうそではないかと思われる。その設計の詳細をいちばんよく知っているはずの設計者自身が主任になって倒壊の原因と経過とを徹底的に調べ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・海軍へはいった一人は戦死しなかった代わりに酒をのんでけんかをして短剣で人を突いてから辞職して船乗りになり、シンガポールへ行って行くえがわからなくなり、結局なくなったらしい。若くて死んだこれらの仲よしの友だちは永久に記憶の中に若く溌剌として昔・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・官吏の辞職するは政府を去るものなれども、その去るときに位階勲章を失わず、あるいは華族の如き、かつて政府の官途に入らざるも必ず位階を賜わるは、その家の栄誉を表せらるるの意ならん。されば位階勲章は、官吏が政府の職を勤むるの労に酬いるに非ずして、・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
出典:青空文庫