・・・ところが近代になって電子などというものが発見され、あらゆる電磁気や光熱の現象はこの不思議な物の作用に帰納されるようになった。そしてこの物が特別な条件の下に驚くべき快速度で運動する事も分って来た。こういう物の運動に関係した問題に触れ初めると同・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・道太はいたるところで少年時代の自分の惨めくさい姿に打つかるような気がしたが、どこも昔ながらの静かさで、近代的産業がないだけに、発展しつつある都会のような混乱と悪趣味がなかった。帰るたびに入りつけた料理屋へついて、だだっ広い石畳の入口から、庭・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・しかしその軽快鮮明なる事は俗曲と称する日本近代の音楽中この長唄に越すものはあるまい。 端唄が現す恋の苦労や浮世のあじきなさも、または浄瑠璃が歌う義理人情のわずらわしさをもまだ経験しない幸福な富裕な町家の娘、我儘で勝気でしかも優しい町家の・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・カントの実践哲学は、近代社会における市民道徳の基礎附けである。私は決してカントの道徳的規範を無視するものではないが、今日の歴史的世界は新なる哲学の出立点と新なる実践原理とを求めるのである。我々はなお一度デカルトの出立点に返って考えて見なけれ・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
ニイチェの世界の中には、近代インテリのあらゆる苦悩が包括されてゐる。だれでも、自分の悩みをニイチェの中に見出さない者はなく、ニイチェの中に、自己の一部を見出さないものはない。ニイチェこそは、実に近代の苦悩を一人で背負つた受・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 工場では、モーターや、ベルトや、コムベーヤーや、歯車や、旋盤や、等々が、近代的な合奏をしていた。労働者が、緊張した態度で部署に縛りつけられていた。 吉田はその工場に対してのある策戦で、蒸暑い夜を転々として考え悩んでいた。 蚊帳・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・そして、愛という字が近代の偽善と自己欺瞞のシムボルのようになったのはいつの時代からでしょうか。三文文士がこの字で幼稚な読者をごまかし、説教壇からこの字を叫んで戦争を煽動し、最も軽薄な愛人たちが、彼等のさまざまなモメントに、愛を囁いて、一人一・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・僕だって別に研究したのではありませんが、近代思想の支流ですから、あらまし知っています。五十年余り前に死んだ Max Stirner が極端な個人主義を立てたのが端緒になっていると、一般に認められているようです。次は四十年余り前に死んだ P・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・このようなことは、禅機に達することだとは思わないが、カルビン派のように、知識で信仰にはいろうとしなければならぬ近代作家の生活においては、孝道氏の考え方は迷いを退けるには何よりの近道ではないかと思う。 他人のことは私は知らないが自分一人で・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ ストリンドベルヒに至っては、その深さと鋭さにおいて――簡素と充実とにおいて近代に比肩し得るものがない。また心理と自然と社会との観察者としても、ロシアの巨人の塁を摩する。彼もまた「人間」の運命を描いた。そして我々に新しいファウストを与え・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫