・・・この相手の口吻には、妙に人を追窮するような所があって、それが結局自分を飛んでもない所へ陥れそうな予感が、この時ぼんやりながらしたからである。そこで本間さんは思い出したように、白葡萄酒の杯をとりあげながら、わざと簡単に「西南戦争を問題にするつ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・僕の追窮するのは即座に効験ある注射液だ。酒のごとく、アブサントのごとく、そのにおいの強い間が最もききめがある。そして、それが自然に圧迫して来るのが僕らの恋だ、あこがれだと。 こういうことを考えていると、いつの間にかあがり口をおりていた。・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・フィロソフィーというは何処までも疑問を追究する論理であって、もし最後の疑問を決定してしまったならそれはドグマであってフィロソフィーでなくなってしまうと。また曰く、人生の興味は不可解である、この不可解に或る一定の解釈を与えて容易に安住するは「・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・が、六十八歳の坂田が実験した端の歩突きは、善悪はべつとして、将棋の可能性の追究としては、最も飛躍していた。ところが、顧みて日本の文壇を考えると、今なお無気力なオルソドックスが最高権威を持っていて、老大家は旧式の定跡から一歩も出ず、新人もまた・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・よしんば、あったにしたところで、人の命というものは、明日をも知れぬもの、どうにでも弁解はつく、そう執拗に追究するほどのことはなかろう。 しかし、とにかくこの広告は随分嫌われものだ。それだけにまた、宣伝という点では、これだけ効果的なものは・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・行為の決定の徹底的な正しさを追究するときには、カントのように純に意志そのものの形式によらざるを得なくなるのは当然であって、この意味で私は新カント派のリップスや、コーヘンの「純粋意志の倫理学」が、現象学派のハルトマンや、シェーラーの「実質的価・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 四 恋愛――結婚 恋愛のような人生の至宝に対しては、私たちはでき得る限り、現実生活の物的、便宜的条件によって、妥協的な、平板なものにすることをさけて、その精神性と神秘性とを保存し追究するようにしなければならぬ。心霊の高・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・と遮る。「おや、まだ強情に虚言をお吐きだよ。それほど分っているならなぜ禽はいいなあと云ったり、だけれどもネと云って後の言葉を云えなかったりするのだエ。」と追窮する。追窮されても窘まぬ源三は、「そりゃあただおいらあ、自由自在に・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・或いはちゃんと覚えている癖に、成長した社会人特有の厚顔無恥の、謂わば世馴れた心から、けろりと忘れた振りして、平気で嘘を言い、それを取調べる検事も亦、そこのところを見抜いていながら、その追究を大人気ないものとして放棄し、とにかく話の筋が通って・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・それゆえ私は、色さまざまの社会思想家たちの、追究や断案にこだわらず、私一個人の思想の歴史を、ここに書いて置きたいと考える。 所謂「思想家」たちの書く「私はなぜ何々主義者になったか」などという思想発展の回想録或いは宣言書を読んでも、私には・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
出典:青空文庫