・・・物置の前では十五になる梅子が、今鶏箱から雛を出して追い込みに入れている。雪子もお児もいかにもおもしろそうに笑いながら雛を見ている。 奈々子もそれを見に降りてきたのだ。 井戸ばたの流し場に手水をすました自分も、鶏に興がる子どもたちの声・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・すると、いや大丈夫だ、あの馬は追込みだ、と声がした。ふと振り向くと、ジャンパーを着た「あの男」がずっと向う正面を睨んで立っていた。白い顔が蒼ざめている。自分とおなじようにスッて来たのだと、見上げていると、男は急ににやりとした。寺田はおやと正・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・後得たりや応と引括って、二進の一十、二進の一十、二進の一十で綺麗に二等分して――もし二十五人であったら十二人半宛にしたかも知れぬ、――二等分して、格別物にもなりそうもない足の方だけ死一等を減じて牢屋に追込み、手硬い頭だけ絞殺して地下に追いや・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・――起きて縄でもないてぇ、草履でもつくりてぇ、――そう思っても、孝行な息子達夫婦は無理矢理に、善ニョムさんを寝床に追い込み、自分達の蒲団までもってきて、着かせて、子供でもあやすように云った。「ナアとっさん、麦がとれたら山の湯につれてって・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・とのさまがえるはあまがえるを又次の室に追い込みました。それから又どっかりと椅子へかけようとしましたが何か考えついたらしく、いきなりキーキーいびきをかいているあまがえるの方へ進んで行って、かたっぱしからみんなの財布を引っぱり出して中を改めまし・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・ 自然を追い込み、追い込みして、やっと息だけはつける隙間で、私共の生活は営まれて居るのではないだろうか。都会では、処々に庭と云う名目の下に切り遺された大自然の一部が、辛うじて、大地から湧く生命の泉を守って居る。私は、衝動的に、晴々と拘り・・・ 宮本百合子 「餌」
出典:青空文庫