・・・取着き引着き、十三の茸は、アドを、なやまし、嬲り嬲り、山伏もともに追込むのが定であるのに。――「あれへ、毒々しい半びらきの菌が出た、あれが開いたらばさぞ夥多しい事であろう。」 山伏の言につれ、件の毒茸が、二の松を押す時である。 ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・羊の群れを守る番犬がぐるぐる駆け回って、列を離れようとする羊を追い込むような様子があった。今になって考えてみるとあれはやはり輪郭線や色彩が逃げよう逃げようとするのを見張っていたのだと思われた。こういうふうにやらなければならないとなるとなかな・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・タネリはこわくてもうぶるぶるふるえながらそのまっ暗な孔の中へはい込んで行きましたら、ほんとうに情けないと思いながらはい込んで行きましたら犬神はうしろから砂を吹きつけて追い込むようにしました。にわかにがらんと明るくなりました。そこは広い室であ・・・ 宮沢賢治 「サガレンと八月」
・・・今日の饑餓と社会生活全面の破綻をもたらした戦争について、人民を其処へ追い込むまいと献身し、わが身を犠牲とした代議士が、一人でも在っただろうか。只今開催中の臨時議会は、戦争犯罪人の摘発に脅かされて、新聞はおのずから諷刺的に彼等の恐慌を語ってい・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・能の、動きの節約そのものの性質のなかには、明らかに日本の中世の社会生活からもたらされた被虐性、情感の表現を内へ追い込む性格が作用していて、しかも、ぎりぎりまで剪りこまれた外面へのあらわれの裡に、精神と情緒のほとばしる極限を表現しようとする芸・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・ このことは、しかし、日本におけるヒューマニズムのたださえかがみかかって現れて来ている腰を、一層弱くし、泣き笑いの人生へ人間らしさを追い込む危険を導き出したと共に、更に『文学界』などの論として、民衆は現実に対して批判精神などはちっとも必・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・売れるからますます多く作り、安いからますます読んで、自分たちの汗水たらしてとった金を払って自分たちをますます狭い低い隷属的な生活へ追い込む文化の影響を受けて行くという状態にあるのである。 読者は今度国定教科書の插絵が大変かわったことに気・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・このポスターを見ただけでも、会社が搾るために労働者をシキに追い込む炭坑と、労働者が自分らのために働いている炭坑との根本的な相違が現れている。 同じような注意は地下数百米の坑内にも及んでいる。見張所は応急救援所をかねている。 二時間ば・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・た鳥はせまい竹垣の中では辛棒が仕切れなくなって大抵の時は、庭中にはねくり返って、縁側が土だらけになったり、食事をして居ると障子の棧の間から四つの首をそろえて突出したりする様になったので、日暮れに鳥屋に追い込む時の騒と云ったら、まるで火事と地・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫