・・・ 陳の語気には、相手の言葉を弾き除けるような力があった。「何もありません。奥さんは医者が帰ってしまうと、日暮までは婆やを相手に、何か話して御出ででした。それから御湯や御食事をすませて、十時頃までは蓄音機を御聞きになっていたようです。・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・(忰と父親が寄ろうとしますと、変な声を出して、 寄らっしゃるな、しばらく人間とは交らぬ、と払い退けるようにしてそれから一式の恩返しだといって、その時、饅頭の餡の製し方を教えて、屋根からまた行方が解らなくなったと申しますが、それからは・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・黄金が肌に着いていると、霧が身のまわり六尺だけは除けるとまでいうのだよ、とおっしゃってね。 貴方五百円。 台湾の旦那から送って来て、ちょうどその朝銀行で請取っておいでなすったという、ズッシリと重いのが百円ずつで都合五枚。 お手箪・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「もう私……気味が悪いの、可厭だなぞって、そんな押退けるようなこと言えませんわ。あんまり可哀想な方ですもの。それはね、あの、うぐい亭――ずッと河上の、川魚料理……ご存じでしょう。」「知ってるとも。――現在、昨日の午餉はあすこで食べた・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・北原氏が荷風以下多くの作家を時評で退ける時の強さを、いつ作品の上で示すのだろうか。たしかに、文学は文学者にとって唯一の人生であり、運命だ。たとえば、北原氏にとって運命であるように、荷風にとっても運命であろう。荷風の思想は低いかも知れぬが、北・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・――自分はこうも思いたかったのだが、迂濶に物を書いてはならない――そうした気持を払い退けることができなかった。あまりにも暗い刺戟的な作――つまりはその基調となっている現在の生活を棄てなければ、出て行かなければ――それが第一の問題なのだが、と・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・なんでも我慢の出来ないほど自分達の上に加えられていた抑圧をこの叫声で跳ね退けるのではないかと思われた。「雪はもうおしまいだ。今に春が来る。そして春になればまた為事がある。」 この群の跡から付いて来た老人は今の青年の叫声を聞くや否や、例の・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・お負にそれを洒々落々たる態度で遣って除ける。ある時ポルジイはプリュウンという果の干したのをぶら下げていた。それはボスニア産のプリュウン二千俵を買って、それを仲買に四分の一の代価で売り払った時の事である。これ程の大損をさせるプリュウンというも・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・と云って若い技師の進言を言下に退ける局長もまた珍しくはないであろう。これらの大家や局長がアイネアスの兵法を読んでいなかったおかげで電信印字機や写真放送機が完成したかもしれないのである。 三 御馳走を喰うと風邪を引く話・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・ 由子はお千代ちゃんと一緒にかえる為に、女学校が退けると小学校まで廻った。お千代ちゃんが当番で、二人並び東片町の大通りを来ると、冬など、もう街燈が灯っていることもあった。 * 由子とお千代ちゃんは歌をうた・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
出典:青空文庫