・・・贄川は後に山を負い前に川を控えたる寂びたる村なれど、家数もやや多くて、蚕の糸ひく車の音の路行く我らを送り迎えするなど、住まば住み心よかるべく思わるるところなり。昼食しながらさまざまの事を問うに、去年の冬は近き山にて熊を獲りたりと聞き、寒月子・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・けれども、私自身は、以前と少しも変らず、やっぱり苦しい、せっぱつまった一日一日を送り迎えしているのであるから、北さん中畑さんが来なくなったのは、なんだか淋しいのである。来ていただきたいのである。昨年の夏、北さんが雨の中を長靴はいて、ひょっこ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・も楽じゃ無かったし、いよいよ大戦がはじまって、あたしも父の工場に出て職工さんたちと一緒に働くようになった頃から、もう、あたしたちは生きているのだか死んでいるのだか、何が何やら、無我夢中でその日その日を送り迎えして、そのうちに綺麗に焼かれて、・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・けれども、皆より二つ年が上で、お家が大層なお金持で、いつも俥夫が二人がかりで送り迎えをする友子さんは、級中で、一番着物の好きな人でした。「うちの父様は、日本で沢山ないほどのお金持なのだから私は大人位お金を使ったって構わないのよ」と云う友・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・その方々は、どういう思いで、今日を送り迎え、自分の投票を考えていらっしゃるでしょう。 私たちは、今日の日本の立て直しと、自分たちの生活改善の実際の必要に立って、その立場から政党を選んでゆくのが、一番正しいと知っております。 例えば、・・・ 宮本百合子 「幸福のために」
三月二十七日―四月十三日 自分台処で。きみは林町にやるスエ子の送り迎えのため 博覧会 父の到着 滞在 泉岳寺、第二会場、万国街 青山墓地で倒れたこと。プリンス of Wells の歓迎門などを見る。 Aと林町 ・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
出典:青空文庫