・・・しかつめらしくプウシキンの怪談趣味について、ドオデエの通俗性について、さらに一転、斎藤実と岡田啓介に就いて人物月旦、再転しては、バナナは美味なりや、否や、三転しては、一女流作家の身の上について、さらに逆転、お互いの身なり風俗、殺したき憎しみ・・・ 太宰治 「喝采」
・・・きょうのこの、思わぬできごとのために、私の生涯が、またまた、逆転、てひどい、どん底に落ちるのではないか、と過去の悲惨も思い出され、こんな、降ってわいた難題、たしかに、これは難題である、その笑えない、ばかばかしい限りの難題を持てあまして、とう・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・物の柄、眠むたさ、または些細のからだの調子などで、どしどし決定されてしまうので、あんまり眠むたいばかりに、背中のうるさい子供をひねり殺した子守女さえ在ったし、ことに、こんな吹出物は、どんなに女の運命を逆転させ、ロマンスを歪曲させるか判りませ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・しかし映画の時間は確かにある意味では立派に逆転し、従って歴史はほんとうに掛け値なしに逆さまに流れる。厳密に言えば、時間の連続な流れの中から断続的に規則正しい間隔の断片を拾い上げたものを逆の順序に展開するのであるが、われわれの視覚的効果の上で・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・ 燃え尽した書物がフィルムの逆転によって焼灰からフェニックスのごとく甦って来る。巻き縮んだ黒焦の紙が一枚一枚するすると伸びて焼けない前のページに変る。その中からシャリアピンの悲しくも美しいバスのメロディーが溢れ出るのであった。 歴史・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・活動のフィルムの逆転をしてはいけない事はないと同じである。 いろいろな書物を遠慮なくかじるほうがいいかもしれない。宅の花壇へいろいろの草花の種をまいてみるようなものである。そのうちで地味に適応したものが栄えて花実を結ぶであろう。人にすす・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・そして記憶が回復された一瞬時に、すべての方角が逆転した。すぐ今まで、左側にあった往来が右側になり、北に向って歩いた自分が、南に向って歩いていることを発見した。その瞬間、磁石の針がくるりと廻って、東西南北の空間地位が、すっかり逆に変ってしまっ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・なことや、将来の世界覇権の夢想や、生産の復興を描き出したヒトラー運動は、地主や軍人の古手、急に零落した保守的な中流人の心をつかんで、しだいに勢力をえ、せっかくドイツ帝政の崩壊後にできたワイマール憲法を逆転させる力となったのである。 アメ・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・しかしここで注目すべきことは、日本では、明治開化期が、二十二年憲法発布とともに、却って逆転させられて、人民の自由の封鎖がはっきりその頃からはじまった点である。それまでは闊達であった婦人の政治的活躍も様々の法令や規則で禁止されるようになったし・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・早苗姫が、真個にいとしかったのだが、万事が逆転して子には叛かれ、愛人には怨死されるのか、其とも、只、我ものになるからには飽くまでも服させずには置かない故に口説いたのか。若し、心から愛していたのなら、早苗姫が胸を貫いて死んだ刀の血を拭わせずに・・・ 宮本百合子 「印象」
出典:青空文庫