・・・そのほか、日傘をかざすもの、平張を空に張り渡すもの、あるいはまた仰々しく桟敷を路に連ねるもの――まるで目の下の池のまわりは時ならない加茂の祭でも渡りそうな景色でございます。これを見た恵印法師はまさかあの建札を立てたばかりで、これほどの大騒ぎ・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・しかるに、その肝心な空間的時間的な座標軸を抜きにして、いたずらに縹渺たる美辞を連ねるだけであるからせっかくの現実映画の現実性がことごとく抜けてしまって、ただおとぎ話の夢の国の光景のようなものになってしまうだけである。 もう少し観客を子供・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・頭の中で離れ離れになってなんの連絡もなかったいろいろの場所がちょうど数珠の玉を糸に連ねるように、電車線路に貫ぬかれてつながり合って来るのがちょっとおもしろかった。 学校で教わったり書物を読んだりして得た知識もやはり離れ離れになりがちなも・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・床の上を見るとその滴りの痕が鮮やかな紅いの紋を不規則に連ねる。十六世紀の血がにじみ出したと思う。壁の奥の方から唸り声さえ聞える。唸り声がだんだんと近くなるとそれが夜を洩るる凄い歌と変化する。ここは地面の下に通ずる穴倉でその内には人が二人いる・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
出典:青空文庫