・・・「よその伯父さんが連れに来たんだ」「どんな伯父さんが」「よその伯父さんだよ」と涙を啜る。 自分は深い谷底へ一人取残されたような心持がする。藤さんはにわかに荷物を纒めて帰って行ったというのである。その伯父さんというのはだいぶ年・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ でおかあさまは子どもを連れてそれに乗りました。船はすぐ方向をかえて、そこをはなれてしまいました。 墓場のそばを帆走って行く時、すべての鐘は鳴りましたが、それはすこしも悲しげにはひびきませんでした。 船がだんだん遠ざかってフョー・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・花婿の仕事は西の方にあったので、結婚して間もなく、彼は妻を其処へ連れて行きました。 然し、十日も経たないうち、花嫁が唖であったのを、知らない者は無くなってしまいました。若し又、誰か其を知らない者があったとしても、其は少くとも、彼女がわる・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・、僕にね、五十円あるんだ、故郷の姉から貰ったのさ、これから、みんなで旅行に出ようよ、なに、仕度なんか要らない、そのままでいいじゃないか、行こう、行こう、とやけくそになり、しぶる友人達を引張るようにして連れ出してしまいました。あとは、どうなる・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・どうもそれにしても、ポルジイは余り所嫌わずにそれを連れ歩くようではあるが、それは兎角そうなり易い習だと見れば見られる。しかしドリスを伯爵夫人にするとなると、それは身分不相応の行為である。一大不幸である。どうにかして妨害せねばならぬ。 さ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 二人連れの上等兵が追い越した。 すれ違って、五、六間先に出たが、ひとりが戻ってきた。 「おい、君、どうした?」 かれは気がついた。声を挙げて泣いて歩いていたのが気恥ずかしかった。 「おい、君?」 再び声はかかった。・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・たぶん宿の廚の料理人が引致して連れて行ったものらしく、ともかくもちょうどその晩宿の本館は一団の軍人客でたいそうにぎやかであったそうである。そうしてそのときに池に残された弱虫のほうの雄が、今ではこの池の王者となり暴君となりドンファンとなってい・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・「今度来るとき、おばさんを連れておいんなはれ。おばさんが来られんようでしたら、秀夫さんをおよこしやす。どないにも私が面倒みてあげますよって」彼女はそんなことを言っていた。「彼らは彼らで、大きくなったら好きなところへ行くだろうよ」・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・安は連れて来た職人と二人して、鉈で割った井戸側へ、その日の落葉枯枝を集めて火をつけ高箒でのたうち廻って匍出す蛇、蟲けらを掻寄せて燃した。パチリバチリ音がする。焔はなくて、湿った白い烟ばかりが、何とも云えぬ悪臭を放ちながら、高い老樹の梢の間に・・・ 永井荷風 「狐」
・・・商売柄だけに田舎者には相応に機転の利く女房は自分が水を汲んで頻りに謝罪しながら、片々の足袋を脱がして家へ連れ込んだ。太十がお石に馴染んだのは此夜からであった。そうして二三日帰らなかった。女の切な情というものを太十は盲女に知ったのである。目が・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫