・・・物質と精神との力で、科学の力を最も活溌に毎日の市民生活にとり入れているはずのアメリカの一つの州では、宗教上の偏見からダーウィンの進化論について講義することを禁じられているという信じられないような事実もある。コフマンはアメリカの人だから、自分・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・社会進化の必然という原理については理性的に十分わかった。自身の生涯の道も、それに呼応するものでしかありえないと思える。だが、その原理の理説には、なにか人間らしいゆたかな詩情が欠けている。やさしい愛と慰藉とに欠けている。その心情的な飢渇がいや・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ですから楽園の話が出来ましたときには、もう人間の社会は大分進化しており、そのころには、世の中に奴隷の労働があったということがわかります。他人から労働を強制され、自分の喜びもなにもなく、暮さなければならないという人々の大きな層があって、その上・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・十九世紀の進化論者チミリャーゼフと夏の草花とに偏見なきソヴェトの赤坊の性を朗らかにむけながら。 並木通りには菩提樹の葉のかずほど赤坊がいた。いや、モスクワ市内の事務所役所のひける四時、四時後、九時頃まではよたよた歩きをする年頃からはじま・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 素人でよく分らないけれども、ダアウィンが帰納的に種を観察し、進化を観察して行ったに対してファブルが、どこまでも実証的な足場を固執したのも面白い。だが、ファブルの或る意味での科学者としての悲劇は、寧ろそういうところにあったのではなかろう・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・人間が猿から出来たと云うのは、あれは事実問題で、事実として証明しようと掛かっているのだから、ヒポテジスであって、かのようにではないが、進化の根本思想はやはりかのようにだ。生類は進化するかのようにしか考えられない。僕は人間の前途に光明を見て進・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 人は猿よりも進化している。 四本の箸は、すばしこくなっている男の手と、すばしこくなろうとしている娘の手とに使役せられているのに、今二本の箸はとうとう動かずにしまった。 永遠に渇している目は、依然として男の顔に注がれている。世に・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・此の故官能表徴は表象能力として直接的であるそれだけ単純で、感覚的表徴能力のそれのようには独立的な全体を持たず、より複雑な進化能力を要求するわけには行かぬ。此の故清少納言の官能は新鮮なそれだけで何の暗示的な感覚的成長もしなかった。感覚的表徴は・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・個性が完成せらるる度の強ければ強いほどそれは特殊の色彩を強めるのであるけれども、同時にまた人性の進化に参与する所も深くなる。特殊の極限はやがて普通となるのである。 個性の完成、自己の実現はいたずらに我に執する所に行われるものではない。偉・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・に過ぎない、野を行く牛の兄弟である。塵よりいでて塵に返る有限の人の身に光明に充つる霊を宿し、肉と霊との円満なる調和を見る時羽なき二足獣は、威厳ある「人」に進化する。肉は袋であり霊は珠玉である。袋が水に投げらるる時は珠もともに沈まねばならぬ。・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫