・・・聨隊長はこの進軍に反対であったんやけど、止むを得ん上官の意志であったんやさかい、まア、半分焼けを起して進んで来たんや。全滅は覚悟であった。目的はピー砲台じゃ、その他の命令は出さんから、この川を出るが最後、個々の行動を取って進めという命令が、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 一番槍の功名を拙者が仕る、進軍だ進軍だ』とわめいて真っ先に飛び出した。僕もすぐその後に続いた。あだかも従卒のように。 爪先あがりの小径を斜めに、山の尾を横ぎって登ると、登りつめたところがつの字崎の背の一部になっていて左右が海である、そ・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 二十六時間の激戦や進軍の後、和田達は、チチハルにまで進んだ。煮え湯をあびせられた蟻のように支那兵は到るところに群をなして倒れていた。大砲や銃は遺棄され、脚を撃たれた馬はわめいていた。和田はその中にロシア兵がいるかと思って気をはりつめて・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・活動写真の勝利の進軍は教育の縄張りにも踏み込んでくる。そしてそこで始めて、多数の公開観覧所が卑猥なものやあくどい際物で堕落し切っているのに対して、道徳的なものをもって対抗させる機会を得るだろう。教授用フィルムに簡単な幻燈でも併用すれば、従来・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・大将「ベルギ戦役マイナス十五里進軍の際スレンジングトンの街道で拾ったよ。」特務曹長「なるほど。」「少し馬の糞はついて居りますが結構であります。」大将「どうじゃ、どれもみんな立派じゃろう。」一同「実に結構でありました。」大・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・もう進軍をやめなくちゃいかん。」 じいさんは片手を高くあげて、でんしんばしらの列の方を向いて叫びました。「全軍、かたまれい、おいっ。」 でんしんばしらはみんな、ぴったりとまって、すっかりふだんのとおりになりました。軍歌はただのぐ・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・即ち、それぞれの筆者の主観と感情の傾向に支配されて、ある文章は無垢な天の童子の進軍の姿のように、ある文章は漢詩朗吟風な感傷に於て書かれた。そして、そのいずれもが等しく溢れさせているのは異常な環境のために一層まざまざとした筆者の個性の色調であ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ こうして、ナポレオンは彼の大軍を、いよいよフリードランドの大原野の中へ進軍させた。六 ナポレオンの腹の上では、今や田虫の版図は径六寸を越して拡っていた。その圭角をなくした円やかな地図の輪郭は、長閑な雲のように微妙な線を・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫