・・・元来子孫の維持と優生という男女協同の任務の遂行が、女子に特別な負荷を要求する以上、男子が女子を保護しなければならないのは当然のことである。しかるに今日においては国法は男子の利益においてきめられ社会は母性と、産児と、未亡人とを保護しない。妊娠・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・兵士達は、大隊長の一つの命令を遂行したのだ。 村は焼き払われだした。紫色や、硫黄色の煙が村の上に低迷した。狙撃砲からは二発目、三発目の射撃を行った。それは何を撃つのか、目標は見えなかった。やたらに、砲先の向いた方へ弾丸をぶっぱなしている・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・社会関係の矛盾も、資本主義が発展した段階に於て遂行する戦争とプロレタリアートとの利害の相剋も、すべてが戦線に出された兵卒に反映し凝集する。それは加熱された水のようなものである。蒸気に転化する可能性を持っている。だから、兵卒に着目したことには・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・どうしても、この原作者が、目前に遂行されつつある怪事実を、新聞記者みたいな冷い心でそのまま書き写しているとしか思われなくなって来るのであります。すぐつづけて、『この手紙を書いた女は、手紙を出してしまうと、直ぐに町へ行って、銃を売る店を尋・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ のちに到り、所謂青年将校と組んで、イヤな、無教養の、不吉な、変態革命を兇暴に遂行した人の中に、あのひとも混っていたような気がしてならぬ。 同志たちは次々と投獄せられた。ほとんど全部、投獄せられた。 中国を相手の戦争は継続してい・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・義務の遂行と言えば、聞えもいいが、そうではない。小心非力の私は、ただ唯、編輯者の腕力を恐れているのである。約束を破ったからには、私は、ぶん殴られても仕方が無いのだと思えば、生きた心地もせず、もはや芸術家としての誇りも何もふっ飛んで、目をつぶ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・大犯罪を遂行するものの如く、心中の不安、緊張は、極点にまで達した。身のほど知らぬぜいたくのようにも思われ、犯罪意識がひしひしと身にせまって、私は、おとといは朝から、意味もなく庭をぐるぐる廻って歩いたり、また狭い部屋の中を、のしのし歩きまわっ・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
・・・ 愛とは、義務の遂行である。悲しいね。またいう、愛とは、道徳の固守である。更にいう、愛とは、肉体の抱擁である。いずれも聞くべき言ではある。そうかも知れない。正確かも知れない。けれども、もう一つ、もう一つ、何か在るのだ。いいか、愛とは、――お・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ レニンの仕事は科学でないだけに、その人のその仕事の遂行者としてのえらさは必ずしも目前の成果のみで計量する事が出来ない。それにもかかわらずレニンのえらさは一般の世人に分りやすい種類のものである。取扱っているものが人間の社会で、使っている・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫