・・・すると思いがけなく彼女の口から、兵衛らしい侍が松江藩の侍たちと一しょに、一月ばかり以前和泉屋へ遊びに来たと云う事がわかった。幸、その侍の相方の籤を引いた楓は、面体から持ち物まで、かなりはっきりした記憶を持っていた。のみならず彼が二三日中に、・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・私たち三人は土用波があぶないということも何も忘れてしまって波越しの遊びを続けさまにやっていました。「あら大きな波が来てよ」 と沖の方を見ていた妹が少し怖そうな声でこういきなりいいましたので、私たちも思わずその方を見ると、妹の言葉通り・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・ さりながら、さりながら、「立花さん、これが貴下の望じゃないの、天下晴れて私とこの四阿で、あの時分九時半から毎晩のように遊びましたね。その通りにこうやって将棊を一度さそうというのが。 そうじゃないんですか、あら、あれお聞きなさい・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・一人は遊びに出て帰って来ないという。自分は蹶起して乳搾りに手をかさねばならぬ。天気がよければ家内らは運び来った濡れものの仕末に眼の廻るほど忙しい。 家浮沈の問題たる前途の考えも、措き難い目前の仕事に逐われてはそのままになる。見舞の手紙見・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・「御常談を――それでも、先生はほかの人と違って、遊びながらお仕事が出来るので結構でございます」「貧乏ひまなしの譬えになりましょう」「どう致しまして、先生――おい、お君、先生にお茶をあげないか?」 そのうち、正ちゃんがどこから・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・この画房は椿岳の亡い後は寒月が禅を談じ俳諧に遊び泥画を描き人形を捻る工房となっていた。椿岳の伝統を破った飄逸な画を鑑賞するものは先ずこの旧棲を訪うて、画房や前栽に漾う一種異様な蕭散の気分に浸らなければその画を身読する事は出来ないが、今ではバ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 町からは、こんどは、人間の子供たちが毎日川へ遊びにやってきました。 町の子供たちの中で、川にすむ、赤い魚を見つけたものがあります。「この川の中に、金魚がいるよ。」と、その魚を見た子供がいいました。「なんで、この川の中に金魚・・・ 小川未明 「赤い魚と子供」
・・・「そうか、永代の傍で清住町というんだね、遊びに行くよ。番地は何番地だい?」「清住町の二十四番地。吉田って聞きゃじき分るわ」「吉田? 何だい、その吉田てえのは?」「私の亭主の苗字さ」と言って、女は無理に笑顔を作る。「え」と・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ちと遊びに来とくなはれ」 してみると、昨夜の咳ばらいはこの男だったのかと、私はにわかに居たたまれぬ気がして、早々に湯を出てしまった。そして、お先きにと、湯殿の戸をあけた途端、化物のように背の高い女が脱衣場で着物を脱ぎながら、片一方の眼で・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・……では大抵署に居るからね、遊びに来給え」「そうか。ではいずれ引越したらお知らせする」 斯う云って、彼は張合い抜けのした気持で警官と別れて、それから細民窟附近を二三時間も歩き廻った。そしてよう/\恰好な家を見つけて、僅かばかしの手附・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫