・・・ですから網打だの釣船頭だのというものは、洒落が分らないような者じゃそれになっていない。遊客も芸者の顔を見れば三弦を弾き歌を唄わせ、お酌には扇子を取って立って舞わせる、むやみに多く歌舞を提供させるのが好いと思っているような人は、まだまるで遊び・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・焼く烟かとうら悲しく、茶屋が裏ゆく土手下の細道に落ちかかるやうな三味の音を仰いで聞けば、仲之町芸者が冴えたる腕に、君が情の仮寐の床にと何ならぬ一ふしあはれも深く、この時節より通ひ初むるは浮かれ浮かるる遊客ならで、身にしみじみと実のあるお方の・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・明治十年五月の『花月新誌』載する所の「詰二上遊客一文」に曰く、「ソレ我ガ上ノ桜花ヲ以テ鳴ルヤ久シ。故ニ花候ニ当テハ輪蹄陸続トシテ文士雅流俗子婦女ノ別ナク麕集シ蟻列シ、繽紛狼藉人ヲシテ大ニ厭ハシムルニ至ル。シカシテ風雨一過香雲地ニ委ヌレバ十里・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・今仲の町で遊客に睨みつけられる烏も昔は海辺四五町の漁師町でわずかに活計を立てていた。今柳橋で美人に拝まれる月も昔は「入るべき山もなし」、極の素寒貧であッた。実に今は住む百万の蒼生草,実に昔は生えていた億万の生草。北は荒川から南は玉川まで、嘘・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫