・・・あれは生活の資料を運搬する労働ではあろうがとにかく人間から見ると一種の球技である。 オットセイは鼻の頭で鞠をつく芸当に堪能である。あれはこの動物にとっては全く飼主の曲馬師から褒美の鮮魚一尾を貰うための労役に過ぎないであろうが、娯楽のため・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・同時に反応的にまたこれらの機関の発達を刺激していることも事実であろうが、とにかく高速度印刷と高速度運搬の可能になった結果としてその日の昼ごろまでの出来事を夕刊に、夜中までの事件を朝刊にして万人の玄関に送り届けるということが可能になった、この・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・近代になってこれが各種の伝染病菌の運搬者播布者としてその悪名を宣伝されるようになり、その結果がいわゆる「はえ取りデー」の出現を見るに至ったわけである。著名の学者の筆になる「はえを憎むの辞」が現代的科学的修辞に飾られてしばしばジャーナリズムを・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・例えば塵埃に光波が当った時に、光電効果のような作用電子が放散され、それが高層空気の電離を起す事、それが無線電信の伝播に重大な関係を持ち得る事、あるいは塵が空中の渦動によって運搬されるメカニズムやその他色々の問題が残っている。限られた紙数では・・・ 寺田寅彦 「塵埃と光」
・・・ 蓄音機が完成に近づくに従って生ずる新しい利用方面がいろいろに考えられる中にも、従来すでに行なわれているような音楽や演説の保存運搬、外国語の発音の教授などは別として、たとえば学校の講義のあるものを悉皆蓄音機ですませる事はできないかという・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・共に達者にして能く事を弁ずれども、夫婦両人は常に老人をうるさく思い、朝夕の万事互に英語を以て用を達するの風なりしゆえ、転宅の其朝に至るまで何事も老人の耳に入らずして一切夢中、何時の間にか荷物同様新宅に運搬せられたることなり。倅の不敬乱暴無法・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ばなだれ落るかね鑠くれば灰とわかれてきはやかにかたまり残る白銀の玉銀の玉をあまたに筥に収れ荷緒かためて馬馳らするしろがねの荷負る馬を牽たてて御貢つかふる御世のみさかえ 採鉱溶鉱より運搬に至るまでの光景仔細に写し出して目覩・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・なかなか運搬はひどいやな。」「何だと」ゴーシュがききました。「これおみやです。たべてください。」三毛猫が云いました。 ゴーシュはひるからのむしゃくしゃを一ぺんにどなりつけました。「誰がきさまにトマトなど持ってこいと云った。第・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・とにかくその七月いっぱいに私のした仕事は、一、北極熊剥製方をテラキ標本製作所に照会の件一、ヤークシャ山頂火山弾運搬費用見積の件一、植物標本褪色調査の件一、新番号札二千三百枚調製の件 などでした。 そして八月に・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・空の荷物運搬車が凍ったコンクリートの上にある。二人か三人の駅員が、眠げにカンテラをふって歩いて来た。 ――誰も出てない? ――出てない。 荷物を出す番になって赤帽がまるで少ない。みんな順ぐりだ。人気ないプラットフォームの上に立っ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
出典:青空文庫