・・・強権の勢力は普く国内に行わたっている。現代社会組織はその隅々まで発達している。――そうしてその発達がもはや完成に近い程度まで進んでいることは、その制度の有する欠陥の日一日明白になっていることによって知ることができる。戦争とか豊作とか饑饉とか・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ これが薬なら、身体中、一筋ずつ黒髪の尖まで、血と一所に遍く膚を繞った、と思うと、くすぶりもせずになお冴える、その白い二の腕を、緋の袖で包みもせずに、……」 聞く欣八は変な顔色。「時に……」 と延一は、ギクリと胸を折って、抱・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・梅水の主人は趣味が遍く、客が八方に広いから、多方面の芸術家、画家、彫刻家、医、文、法、理工の学士、博士、俳優、いずれの道にも、知名の人物が少くない。揃った事は、婦人科、小児科、歯科もある。申しおくれました、作家、劇作家も勿論ある。そこで、こ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・……何不足のない身の上とて、諸芸に携わり、風雅を楽む、就中、好んで心学一派のごとき通俗なる仏教を講じて、遍く近国を教導する知識だそうである。が、内々で、浮島をかなで読むお爺さん――浮島爺さんという渾名のあることも、また主人が附加えた。「・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・銭も遍く金剛を照すだね。えい。(と立つ。脊高き痩脛、破股引にて、よたよた。酒屋は委細構わず、さっさと片づけて店へ引込えい。はッ、静御前様。(急に恐入ったる体やあ、兄弟、浮かばずにまだ居たな。獺が銜えたか、鼬が噛ったか知らねえが、わんぐりと歯・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ と歎息するように独言して、扱いて片頬を撫でた手をそのまま、欄干に肱をついて、遍く境内をずらりと視めた。 早いもので、もう番傘の懐手、高足駄で悠々と歩行くのがある。……そうかと思うと、今になって一目散に駆出すのがある。心は種々な処へ・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・一国の教育とは、有志有力にして世の中の事を心配する人物が、世間一般の有様を察して教育の大意方向を定め、以て普く後進の少年を導くことなり。 父母の職分は、子を生んでこれに衣食を与うるのみにては、未だその半ばをも尽したるものにあらず。これを・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・近く有形のものについて確かなる証拠を示さんに、両親の身体に病あればその病毒は必ず子孫に遺伝するを常とす、人の普く知る所にして、夫婦の病は家族百病の根本なりといわざるを得ず。有形の病毒にして斯の如くなれば、無形の徳義においてもまた斯の如くなる・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 疾翔大力、微笑して、金色の円光を以て頭に被れるに、その光、遍く一座を照し、諸鳥歓喜充満せり。則ち説いて曰く、 汝等審に諸の悪業を作る。或は夜陰を以て、小禽の家に至る。時に小禽、既に終日日光に浴し、歌唄跳躍して疲労をなし、唯唯甘美の・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・春三月 発芽を待つ草木と二十五歳、運命の隠密な歩調を知ろうとする私とは双手を開き空を仰いで意味ある天の養液を四肢 心身に 普く浴びようとするのだ。 二月十六日 ・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
出典:青空文庫