・・・ましてそれが万一不正でなくて何かの誤謬か過失から起った事であったら果してどうであろう。もしも時代と場所がちがっていて、人が自分の生命に賭けても Honour を守るような場合であったらこれはただではすみそうもない。 こんな事を考えて暑い・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 殺鼠剤がいちばん有効だという事は聞いていたが、子供の多いわが家では万一の過失を恐れて従来用いた事はなかった。しかし子供らもだいぶ大きくなったから、もう大丈夫だろうと思って試みに使ってみた。するとまもなく玄関の天井から蛆が降り出した。町・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・なぜと言えば人間が「過失の動物」であるということは、統計的に見ても動かし難い天然自然の事実であるからである。しかしまた一方でこの過失は、適当なる統制方法によってある程度まで軽減し得られるというのもまた疑いのない事実である。 それで火災を・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・また個人の過失に対しては非常に厳格な態度をもっている。少しの過ちがあっても許さない、すぐ命に関係してくる。そうでしょう、昔の人は何ぞと云うと腹を切って申訳をしたのは諸君も御承知である。今では容易に腹を切りません。これは腹を切らないですむから・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・我々の過失の背後には、不可思議の力が支配しているようである、後悔の念の起るのは自己の力を信じ過ぎるからである。我々はかかる場合において、深く己の無力なるを知り、己を棄てて絶大の力に帰依する時、後悔の念は転じて懺悔の念となり、心は重荷を卸した・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・官吏の内にても、一等官の如きはもっとも易からざる官職にして、尋常の才徳にては任に堪え難きものなるに、よくその職を奉じて過失もなきは、日本国中稀有の人物にして、その天稟の才徳、生来の教育、ともに第一流なりとて、一等勲章を賜わりて貴き位階を授く・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・として、過失致死罪として起訴した。殺人電車、赤ちゃん窒息という見出しで新聞はこの事件を報じた。そして、この不幸は母親ばかりの責任ではなく、我もろとも十分に知りつくしている昨今の東京の交通地獄の凄じさに対して、熱意ある解決をしない運輸省の怠慢・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・これは范という支那の剣つかいの芸人が、過って妻を芸の間で殺し、過失と判定されるのであるが、妻を嫉妬し、憎悪が内心に潜んでいた自覚から、法律の域外の人間的苦悩を感じる主題であったと思う。志賀氏の作品と探偵小説とを同日に論ずべきでないが、しかし・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・であること「自分の陣営内の同志の過失を訂そうとして、政治上の敵に対すると同じ悪罵と論難とを加えること」「自分の仲間を一人一人敵の陣営につき出そうとするような言動は、われわれは例えばどんな動機からでも避けなくてはならない」 他の一つは、ど・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・もとより享楽に走るものはいろいろな過失に陥りはしますが、ゲエテも言ったように、Wer nicht mehr liebt und nicht mehr irrt,Der lasse sich begraben.です。頭がぐ・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫