・・・孕の海にジャンと唱うる稀有のものありけり、たれしの人もいまだその形を見たるものなく、その物は夜半にジャーンと鳴り響きて海上を過ぎ行くなりけり、漁業をして世を渡るどちに、夜半に小舟浮かべて、あるは釣りをたれ、あるいは網を打ちて幸多かる・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・何々イズムと名のついたおおかたの単調な思想のメロディーのようにあとへあとへと過ぎ行くのである。 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・窓の外に死のヴァイオリンを弾じつつ過ぎ行くを見る。その跡に跟きて主人の母行き、娘行き、それに引添いて主人に似たる影行 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・蕪村集中にその例を求むれば鶯の鳴くや小き口あけてあぢきなや椿落ち埋む庭たつみ痩臑の毛に微風あり衣がへ月に対す君に投網の水煙夏川をこす嬉しさよ手に草履鮎くれてよらで過ぎ行く夜半の門夕風や水青鷺の脛を打つ点滴・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・佐和子も同じように挨拶をし、一番後から訴えどころない生活の過ぎ行く哀愁を感じつつ坂路を登って行った。 宮本百合子 「海浜一日」
出典:青空文庫