・・・ 諸君がもし、国家のためだから、この苦痛を甘んじても遣るといわれるなら、まことに敬服である。その代り何処が国家のためだか、明かに諸君の立脚地をわれらに誨えられる義務が出て来るだろうと考える。 政府が国家的事業の一端として、保護奨励を・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・其うち松山中の俳句を遣る門下生が集まって来る。僕が学校から帰って見ると、毎日のように多勢来て居る。僕は本を読む事もどうすることも出来ん。尤も当時はあまり本を読む方でも無かったが、兎に角自分の時間というものが無いのだから、止むを得ず俳句を作っ・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・また遣る気もありませんでした。ただ今私を御紹介下さった速水君は知人であります。昔は御弟子で今は友達――いや友達以上の偉い人であります。しかし、知り合ではありますけれども、速水さんから頼まれた訳でもありません。今度私が此処に現われたのは安倍能・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・文学を遣ると云ったのを思い出し空恐ろしい気もする。 夜中に見た夢が悪かったのか、男が余りがさつであった為か、私の気分は愈々悪化した。 宮本百合子 「或日」
・・・ 母の書を思い遣る時、自ずから、彼女の胸を満たす、無限に静穏な感謝が、鎮まった夜の空気に幽にも揺曳して、神の眠りに入った額へ、唇へ漂って行きそうな心持がした。 愛する者よ、我が愛するものよ、 斯う呼ぶ時、自分は彼という一つの明か・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・ 平常私の坐っている場所から、樹は、丁度眼を遣るに程よい位置にある。去年の秋、引越して来てから文学に行きつまった時、心が沈んだ時、または、元気よく嬉しく庭に下りた時、幾度この梢を見上げたことだろう。春先、まだ紫陽花の花が開かず、鮮やかな・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・横田嘲笑いて、それは力瘤の入れどころが相違せり、一国一城を取るか遣るかと申す場合ならば、飽くまで伊達家に楯をつくがよろしからん、高が四畳半の炉にくべらるる木の切れならずや、それに大金を棄てんこと存じも寄らず、主君御自身にてせり合われ候わば、・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・相役嘲笑いて、それは力瘤の入れどころが相違せり、一国一城を取るか遣るかと申す場合ならば、飽くまで伊達家に楯をつくがよろしかるべし、高が四畳半の炉にくべらるる木の切れならずや、それに大金を棄てんこと存じも寄らず、主君御自身にてせり合われ候わば・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・わたしはこれから海水浴を遣るのです。」 己は主人と一しょに立ち上がった。そして出口の方へ行こうとして、ふと壁を見ると、今まで気が附かなかったが、あっさりした額縁に嵌めたものが今一つ懸けてあった。それに荊の輪飾がしてある。薄暗いので、念を・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・弟が病気で、ニッツアに行っています所が、そいつがひどく工合が悪くなったというので、これから見舞に行って遣るのです。」「左様でございますか。それならあなた、弟さんを直ぐに連れてお帰りなさいましよ。御容体が悪くたって、その方が好うございます・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫