・・・ 店には、ちょうど適齢前の次男坊といった若いのが、もこもこの羽織を着て、のっそりと立っていた。「貰って穿きますよ。」 と断って……早速ながら穿替えた、――誰も、背負って行く奴もないものだが、手一つ出すでもなし、口を利くでもなし、・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ちょうど、私の家では次郎が徴兵適齢に当たって、本籍地の東京で検査を受けるために郷里のほうから出て来ていた時であった。次郎も兄の農家を助けながら描いたという幾枚かの習作の油絵を提げて出て来たが、元気も相変わらずだ。亡くなった本郷の甥とは同い年・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・たとえば、各地方に令して就学適齢の人員を調査し、就学者の多寡をかぞえ、人口と就学者との割合を比例し、または諸学校の地位・履歴、その資本の出処・保存の方法を具申せしめ、時としては吏人を地方に派出して諸件を監督せしむる等、すべて学校の管理に関す・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・われわれのまわりでも、まだまだ結婚適齢期の娘をもった母親は、時にふれ、折にふれて眼の色を変えている。食べるものも食べないようにして箪笥を買ったり、着物を拵えたり、何時でも売物のように誰かが買いに来るというように待っている。「女のくせに」とい・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・高等小学を出てすぐ働いた娘さんたちにしろ丁度その頃から竹内氏の云われる結婚適齢に入る勘定となって来る。そして、事変から今年は四年目にも当る。ここにも女にとって切ない板ばさみがあらわれている。 各会社の利潤統制から、社員の足どめ策もあって・・・ 宮本百合子 「働く婦人」
・・・十五歳ぐらいの不良少年がチャリンコ適齢期であり、親分子分、兄貴とのつきあいを知っていることは、こんにちの日本の世相では周知の事実である。反対に十三歳より十五歳の少年たちが列車妨害を発見した一例があった。これとそれとを考えあわせれば、十五歳の・・・ 宮本百合子 「犯人」
・・・全逓の従業員組合は、十数万の結婚適齢従業員のために、結婚資金を要求した。生きて働いてゆく給料さえ出さない政府が、どうして結婚資金までを出すだろう。共稼ぎで働かなければならない婦人も、職場の古くさいものの考えかたや、母性保護施設のないことから・・・ 宮本百合子 「離婚について」
・・・若い女性というとき、これまでその若さは何となし結婚適齢期のぐるりで考えられていた。昔の人達が年ごろの若い方とよぶとき、それは女学校卒業ごろから結婚までぐらいの間の女性たちをさした。女性には年ごろという一つのよびかたがあっても、男の年ごろとい・・・ 宮本百合子 「若い人たちの意志」
出典:青空文庫