・・・そこの角にある店蔵が、半分は小さな郵便局に、半分は唐物屋になっている。――その唐物屋の飾り窓には、麦藁帽や籐の杖が奇抜な組合せを見せた間に、もう派手な海水着が人間のように突立っていた。 洋一は唐物屋の前まで来ると、飾り窓を後に佇みながら・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ ちょうどその時我々は郵便局の前に出ていました。小さい日本建の郵便局の前には若楓が枝を伸ばしています。その枝に半ば遮られた、埃だらけの硝子窓の中にはずんぐりした小倉服の青年が一人、事務を執っているのが見えました。「あれですよ。半之丞・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・――やがて、知己になって知れたが、都合あって、飛騨の山の中の郵便局へ転任となって、その任に趣く途中だと云う。――それにいささか疑はない。 が、持主でない。その革鞄である。 三 這奴、窓硝子の小春日の日向にしろ・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
一 柳を植えた……その柳の一処繁った中に、清水の湧く井戸がある。……大通り四ツ角の郵便局で、東京から組んで寄越した若干金の為替を請取って、三ツ巻に包んで、ト先ず懐中に及ぶ。 春は過ぎても、初夏の日の・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 渋には、まだしも物売る店がある。郵便局がある。理髪店がある。其の他いろんな店がある。これに較べると上林は淋しい。宿屋が二三軒あるばかりである。山が裏手に幾重にも迫って、溪の底にも溪がある。点々としている自然、永劫の寂寥をしみ/″\・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・「お上さんのとこへ、この節郵便が来やしねえか?」「郵便はしょっちゅう来るよ」「なあに、しょっちゅう来るのでなしに、お上さんが親方へ見せずに独りで読むのが?」「どうだか、俺はそんなことは気をつけてねえから……や! お上さん」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 近所に郵便局があるので、取りに行けばよさそうなものだし、自分で行くのが面倒だったら、家政婦に行かせばよさそうなものだのに、為替に住所姓名を書いて印を押すのが面倒な上に、家政婦に郵便局へ行ってくれと頼むのが既に面倒くさいのだ。一つには、・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・なお、売れても売れなくても、必ず四十円の固定給は支給する云々の条件に、申し分がなく、郵便屋がこぼすくらい照会の封書や葉書が来た。 早速丹造は返事を出して曰く、――御申込みにより、貴殿を川那子商会支店長に任命する。ついては身元保証金として・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・そんなことを繰り返しているうちに自分はかなり参って来た。郵便局で葉書を買って、家へ金の礼と友達へ無沙汰の詫を書く。机の前ではどうしても書けなかったのが割合すらすら書けた。 古本屋と思って入った本屋は新しい本ばかりの店であった。店に誰もい・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・午後私は村の郵便局へ手紙を出しに行った。私は疲れていた。それから溪へ下りてまだ三四丁も歩かなければならない私の宿へ帰るのがいかにも億劫であった。そこへ一台の乗合自動車が通りかかった。それを見ると私は不意に手を挙げた。そしてそれに乗り込んでし・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
出典:青空文庫