・・・十指の指差すところ、十目の見るところの、いかなる弁明も成立しない醜態を、君はまだ避けているようですね。真の思想は、叡智よりも勇気を必要とするものです。マタイ十章、二八、「身を殺して霊魂をころし得ぬ者どもを懼るな、身と霊魂とをゲヘナにて滅し得・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・ぎゃっという醜態の悲鳴とともに、私は落下する。山の上の先輩たちは、どっと笑い、いや、笑うのはまだいいほうで、蹴落して知らぬふりして、マージャンの卓を囲んだりなどしているのである。 私たちがいくら声をからして言っても、所謂世の中は、半信半・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・もう、これで自分も、申しぶんの無い醜態の男になった。一点の清潔も無い。どろどろ油ぎって、濁って、ぶざまで、ああ、もう私は、永遠にウェルテルではない! 地団駄を踏む思いである。行為に対しての自責では無かった。運がわるい。ぶざまだ。もう、だめだ・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・でも、こんなに、まるまるとふとって生きかえって来て、醜態ね。生きかえって、こんなに一日一日おなじ暮しをして、それでいいのかしらと、たまらなく心細いことがあるわ。大声で叫び出したく思うことがあるの。どうせいちど死んだ身なんだし、何でもいい、人・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ぬ、――二等分して、格別物にもなりそうもない足の方だけ死一等を減じて牢屋に追込み、手硬い頭だけ絞殺して地下に追いやり、あっぱれ恩威並行われて候と陛下を小楯に五千万の見物に向って気どった見得は、何という醜態であるか。啻に政府ばかりでない、議会・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・従来の儘なる我国男女間の関係を彼等の眼前に示して其醜態を満世界に評判せらるゝは、国光上の一大汚点、日本国民として断じて忍ぶを得ず。之を矯正する一日を遅くすれば則ち一日の恥を永うす可し。世人の改新を促して自から謹ましめ以て国の体面を清潔にする・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・要するに吉田首相とその乾分は世界のブルジョア政治家も裏面でしかあらわさないような男としての醜態を参議院で演出してもう民自党に投票してくれないでもいいんだということを天下に声明しました。 男が酒をのんで女にからむということは恐らく日本にだ・・・ 宮本百合子 「泉山問題について」
・・・ 住宅管理代表として、こんな醜態は以後注意して下さらなくちゃ困りますわね。宅にはお客様があるんですよ。宅はへとへとになって帰って来たのに、ここじゃドッタン、バッタン! 休めやしない! こんなことだと分ってりゃ引越してなんぞ来なかったんです。・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・生活の安定や平和のために、文学の情熱もかきたてられているはずのとき、一人の作家の死が、その虚無さで人気を煽ったりするのは醜態だと思います。〔一九四八年七月〕 宮本百合子 「山崎富栄の日記をめぐって」
・・・同じ革命がドイツや英国に起こる時には、決してあんな醜態は見せまい。民衆の教養は共同と秩序とを可能にする。現在民衆の人間らしい本能を押えつけている力の組織は、やがてまたそれを倒す民衆の力の内にも現われて来るだろう。 もし近い内に真実の講和・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫