・・・いえ、そこどころじゃあない、私は野宿をしましてね、変だとも、おかしいとも、何とも言いようのない、ほほほ、男の何を飾った処へ、のたれ込んだ事がありますわ。野中のお堂さ、お前さん。……それから見りゃ、――おや開かない、鍵が掛っていますかね、この・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・初の烏 あの、(口籠今夜はどういたしました事でございますか、私の形……あの、影法師が、この、野中の宵闇に判然と見えますのでございます。それさえ気味が悪うございますのに、気をつけて見ますと、二つも三つも、私と一所に動きますのでございますも・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・田舎の他土地とても、人家の庭、背戸なら格別、さあ、手折っても抱いてもいいよ、とこう野中の、しかも路の傍に、自由に咲いたのは殆ど見た事がない。 そこへ、つつじの赤いのが、ぽーとなって咲交る。…… が、燃立つようなのは一株も見えぬ。霜に・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・ ある日のこと、一人の旅人が、野中の細道を歩いてきました。その日は、ことのほか暑い日でした。旅人は野に立っている松の木を見ますと、思わず立ち止まりました。「なんだか、見覚えのあるような松の木だな。」 彼は、子供の時分、村はずれの・・・ 小川未明 「曠野」
・・・「彼の国の道俗は相州の男女よりも怨をなしき。野中に捨てられて雪に肌をまじえ、草を摘みて命を支えたりき」 かかる欠乏と寂寥の境にいて日蓮はなお『開目鈔』二巻を撰述した。 この著については彼自ら「此の文の心は日蓮によりて日本国の有無・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
人物。野中弥一 国民学校教師、三十六歳。節子 その妻、三十一歳。しづ 節子の生母、五十四歳。奥田義雄 国民学校教師、野中の宅に同居す、二十八歳。菊代 義雄の妹、二十三歳。その他 ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・と云ってこの鳥の捕獲を誡めた野中兼山の機智の話を想い出す。 公園の御桜山に大きな槙の樹があってその実を拾いに行ったこともあった。緑色の楕円形をした食えない部分があってその頭にこれと同じくらいの大きさで美しい紅色をした甘い団塊が附着してい・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・ 十六 野中兼山が「椋鳥には千羽に一羽の毒がある」と教えたことを数年前にかいた随筆中に引用しておいたら、近ごろその出典について日本橋区のある女学校の先生から問い合わせの手紙が来た。しかしこの話は子供のころから父に・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・ 二十四日 雪降り。野中夫人に若松によばれる。おくれてミス コーフィルドに行き、グランパのことを話す。 二十五日 “Victory day” for New York City. 静かな Whittier で午・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
出典:青空文庫