・・・ いつか彼女の心の中には、狂暴な野性が動いていた。それは彼女が身を売るまでに、邪慳な継母との争いから、荒むままに任せた野性だった。白粉が地肌を隠したように、この数年間の生活が押し隠していた野性だった。………「牧野め。鬼め。二度の日の・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・小泉君と先般逢ったが、相変らず元気、あの男の野性的親愛は、実に暖くて良い。あの男をもっと偉くしたい。私は明日からしばらく西津軽、北津軽両郡の凶作地を歩きます。今年の青森県農村のさまは全く悲惨そのもの。とても、まともには見られない生活が行列を・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・四つのとき、彼の心のなかに野性の鶴が巣くった。鶴は熱狂的に高慢であった。云々。暑中休暇がおわって、十月のなかば、みぞれの降る夜、ようやく脱稿した。すぐまちの印刷所へ持って行った。父は、彼の要求どおりに黙って二百円送ってよこした。彼はその書留・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・鼻は尋常で、唇は少し厚く、笑うと上唇がきゅっとまくれあがる。野性のものの感じである。髪は、うしろにたばねて、毛は少いほうの様である。ふたりの老人にさしはさまれて、無心らしく、しゃがんでいる。私が永いことそのからだを直視していても、平気である・・・ 太宰治 「美少女」
・・・「チェック・チャックに就いて。」「策略ということについて。」「言葉の絶対性ということについて。」「沈黙は金なりということに就いて。」「野性と暴力について。」「ダンディスム小論。」「ぜいたくに就いて。」「出世について。」「羨望について。」「原・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・王子には、この育ちの違った野性の薔薇が、ただもう珍らしく、ひとつき、ふたつき暮してみると、いよいよラプンツェルの突飛な思考や、残忍なほどの活溌な動作、何ものをも恐れぬ勇気、幼児のような無智な質問などに、たまらない魅力を感じ、溺れるほどに愛し・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 主人公の「野性的好男子」もわれらのような旧時代のものにはどうもあまり好感の持てないタイプである。しかし、とにかくこうした映画で日常教育されている日本現代の青年男女の趣味好尚は次第に変遷して行って結局われわれの想像できないような方向に推・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・で抜け切れない「野性」の名残であろう。尤も、よく馴れたわれわれの手を遁げる遁げ方と時々屋前を通る職人や旅客などを逃避する逃げ方とではまるでにげ方が違う。前の場合だとちょっと手の届かぬ処へにげるだけだのに、後の場合だと狼狽の表情を明示していき・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・ ストリンドベリーは、偽善に対する彼のはげしい憤りと女性の動物性への侮蔑から、下層の男の野性を、征服者として登場させている。こういう実例は、日本の現実の中にも少くない。しかしローレンスは、人間としての女性をはずかしめる者としてではなく、・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・荘重 山と峡谷 ○信州の女○眼比較的大 二重瞼で、きっとしたような力あり。野性的の感○蚕種寒心太製造 隣室の話 男、中年以上姉さんという女 もっと若い女、 芸者でもなし。品の・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
出典:青空文庫