・・・いたずらものの野鼠は真二つになって落ち、ぬたくる蛇は寸断になって蠢くほどで、虫、獣も、今は恐れて、床、天井を損わない。 人間なりとて、心柄によっては無事では済まない。かねて禁断であるものを、色に盲いて血気な徒が、分別を取はずし、夜中、御・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
バーンズの詩の中に、野鼠について、うたったのがある。人間は、お前達が、畠のものを食べるといって、目の敵にするけれど、同じく地から産れたものでないか。その生命をつなぐために、沢山な麦束の中から、僅かな一穂をとったからとて、決して罪になる・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・女たちは、まだ栗鼠や野鼠に持って行かれない栗の実を集めたり、松を伐って薪をつくったりしました。そしてまもなく、いちめんの雪が来たのです。 その人たちのために、森は冬のあいだ、一生懸命、北からの風を防いでやりました。それでも、小さなこども・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・そして草原をぺたぺた歩いて畑にやって参りました、 それから声をうんと細くして、「野鼠さん、野鼠さん。もうし、もうし。」と呼びました。「ツン。」と野鼠は返事をして、ひょこりと蛙の前に出て来ました。そのうすぐろい顔も、もう見えないく・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ すると野鼠のお母さんは泣きだしてしまいました。「ああこの児はどうせ病気になるならもっと早くなればよかった。さっきまであれ位ごうごうと鳴らしておいでになったのに、病気になるといっしょにぴたっと音がとまってもうあとはいくらおねがいして・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
城あとのおおばこの実は結び、赤つめ草の花は枯れて焦茶色になって、畑の粟は刈りとられ、畑のすみから一寸顔を出した野鼠はびっくりしたように又急いで穴の中へひっこむ。 崖やほりには、まばゆい銀のすすきの穂が、いちめん風に波立・・・ 宮沢賢治 「マリヴロンと少女」
・・・ この前のヨーロッパ戦争のとき、塹壕の兵士たちの苦しんだものに野鼠がある。太った大きな、野獣化した野鼠との格闘のことが文学にもあらわれている。日本の兵士のひとたちにこの苦しみはどうなのだろう。お福さまなどと呼ぶが、私は鼠の音からいつも何・・・ 宮本百合子 「鼠と鳩麦」
出典:青空文庫