・・・なにしろあいつの金力が美の標準をめちゃくちゃにするために使われていたんだ。そのために俺たちは三度のものも食えないほどに飢えてしまうんだ。ドモ又が死んで色づけのベトーヴェンになる結果に陥ったんだ。ドモ又の命が買いもどせるくらいの罰金を出させな・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・かかるにもうふッつりと浮気はせぬと砂糖八分の申し開き厭気というも実は未練窓の戸開けて今鳴るは一時かと仰ぎ視ればお月さまいつでも空とぼけてまんまるなり 脆いと申せば女ほど脆いはござらぬ女を説くは知力金力権力腕力この四つを除けて他に求むべき・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「頭か」「うん。相手も頭でくるから、こっちも頭で行くんだ」「相手は誰だい」「金力や威力で、たよりのない同胞を苦しめる奴らさ」「うん」「社会の悪徳を公然商売にしている奴らさ」「うん」「商売なら、衣食のためと云う・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ 権力に次ぐものは金力です。これもあなたがたは貧民よりも余計に所有しておられるに相違ない。この金力を同じくそうした意味から眺めると、これは個性を拡張するために、他人の上に誘惑の道具として使用し得る至極重宝なものになるのです。 してみ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・いわんや金力独尊の時勢に推し移るの時にあたり、貧は士の常などいう陳腐至極の考をかかえて、ひとり自から得意ならんとするも、誰かこれを許す者あらんや。 むかしの学問は学問が目的にして、ただその難きを悦び、千辛万苦すなわち千快万楽にして余念な・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・そしてほんの一握りの権力と金力とを持った支配者に向って立っている。この社会の土台がどこにあるか。三角というものは尖った小さい先で立っているか、それとも一番線の長い広いところを土台として立っているか。三角を尖った先で立てることは人間が二つの手・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・ 凡そ二時間もかかったろうと思えるその講演の骨子として、漱石は権力と金力とに対する人間性の主張を説いている。いわゆる名門の子弟を教育する学習院は、そのころから伝統的な貴族や学者の子弟ばかりでなく金力であがなった爵位で貴族生活の模倣をたの・・・ 宮本百合子 「日本の青春」
・・・しかし彼を翻弄した上流人の生活詐術、十九世紀の金力と結びつき権力と結びついた新聞人の無良心的な関係、手形交換に際して行われる金融の魔術――アングレークにおけるプティクローがリュシアンに対してとる態度――を描くときバルザックは殆ど淋漓たる筆力・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・アメリカの所謂名門旧家の人々が、いつしか社会の推移につれて教会の神のほかの神々である金力のほか有名人という気まぐれな神にも支配され奉仕するようになって来ていること、しかもそこにアメリカ的実務性にしたがって有名人製造というビジネスの存在する有・・・ 宮本百合子 「文学の大陸的性格について」
・・・財産家には「娘の夢を育ててくれる金力がある。理想を徐々に実現してゆく余裕がある。ゆたかな生活はつまりゆたかな気持をいつまでも失わず」もし物資的に苦労のある生活で愛の破綻がきたとしたら女はいっそ何によってそれをいやすことができよう。金があれば・・・ 宮本百合子 「若い婦人の著書二つ」
出典:青空文庫