・・・『大いなる事業』ちょう言葉の宮の壮麗しき台を金色の霧の裡に描いて、かれはその古き城下を立ち出で、大阪京都をも見ないで直ちに東京へ乗り込んだ。 故郷の朋友親籍兄弟、みなその安着の報を得て祝し、さらにかれが成功を語り合った。 しかる・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・西の空うち見やれば二つの小さき星、ひくく地にたれて薄き光を放てり、しばらくして東の空金色に染まり、かの星の光自から消えて、地平線の上に現われし連山の影黛のごとく峰々に戴く雪の色は夢よりも淡し、詩人が心は恍惚の境に鎔け、その目には涙あふれぬ。・・・ 国木田独歩 「星」
・・・ とおげんは自分に言って見て、熊吉の側に坐り直しながら、眩暈心地の通り過ぎるのを待った。金色に光った小さな魚の形が幾つとなく空なところに見えて、右からも左からも彼女の眼前に乱れた。 こんなにおげんの激し易くなったことは、酷く弟達を驚・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ ところが、しばらくいくと、同じような金色に光る羽根がまた一本おちています。こんどのは前のよりも、もっときらきらした、きれいな羽根でした。 ウイリイは馬から下りて、ひろおうとしました。そうすると馬がまた、「そっとしておおきなさい・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・しかし、その髪の毛は、ちょうど、男の子がいつも見ている光った窓のように、きれいな金色をしていました。それから目は、ま昼の空のようにまっ青にすんでいました。 女の子は、にこにこしながら、男の子をさそって、お家の牛を見せてくれました。それは・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・蜂鳥や、蜂や、胡蝶が翅をあげて歌いながら、綾のような大きな金色の雲となって二人の前を走って歩きました。おかあさんは歩みも軽く海岸の方に進んで行きました。 川の中には白い帆艇が帆をいっぱいに張って、埠頭を目がけて走って来ましたが、舵の座に・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・、その大半、幼にして学を好み、長ずるに及んで立志出郷、もっぱら六法全書の糞暗記に努め、質素倹約、友人にケチと言われても馬耳東風、祖先を敬するの念厚く、亡父の命日にはお墓の掃除などして、大学の卒業証書は金色の額縁にいれて母の寝間の壁に飾り、ま・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・しかもその数行を、ゆるがぬ自負を持つなどという金色の鎖でもって読者の胸にむすびつけて置いたことは、これこそなかなかの手管でもあろう。事実、私は返るつもりでいた。はじめに少し書きかけて置いたあのようなひとりの男が、どうしておのれの三歳二歳一歳・・・ 太宰治 「玩具」
・・・赤い大きい日は地平線上に落ちんとして、空は半ば金色半ば暗碧色になっている。金色の鳥の翼のような雲が一片動いていく。高粱の影は影と蔽い重なって、荒涼たる野には秋風が渡った。遼陽方面の砲声も今まで盛んに聞こえていたが、いつか全くとだえてしまった・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・百年の後には「金色夜叉」でも「不如帰」でもやはり古典になってしまうであろう、義太夫音楽でも時とともに少しずつその形式を進化させて行けば「モロッコ」や「街の灯」の浄瑠璃化も必ずしも不可能ではないであろう。こんな空想を帰路の電車の中で描いてみた・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
出典:青空文庫