・・・ 取扱いが如何にも気長で、「金額は何ほどですか。差出人は誰でありますか。貴下が御当人なのですか。」 などと間伸のした、しかも際立って耳につく東京の調子で行る、……その本人は、受取口から見た処、二十四、五の青年で、羽織は着ずに、小・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・「そんなわけで、大した金額ではないが、無効になった為替や小切手が大分あるのだ」 という十吉の話を聴いて、私は呆れてしまった。「どうして、そうズボラなんだ」「いや、ズボラというのじゃないんだ。仕事に追われていると、忘れてしまう・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ いまその施薬の総額を見積ると、見舞金が七十人分七百円、薬が二千百円、原価にすれば印紙税共四百二十円、結局合計千二百円が実際に費った金額だ。ところが、この千二百円を施すのに、丹造は幾万円の広告費を投じていることか、広告は最初の一回だけで・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・勿論結納金はかなりの金額で、主人としては芸者を身うけするより、学問のある美しい生娘に金を出す方が出し甲斐があると思ったのだが、これがいけなかった。新妻は主人に体を許そうとしなかった。自分は金で買われて来たらしいが、しかし体を売るのは死ぬより・・・ 織田作之助 「世相」
・・・おまけに、相手が寿子の演奏会やレコード吹き込みの話を持ち出すと、庄之助は自分から演奏料の金額を言い出して、「鐚一文かけても御免蒙りましょう」 と、一歩も譲らなかった。 それは、一少女の演奏料としては、相手を呆れさせる、というより・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ 兵卒は、初年兵の時、財布に持っている金額と、金銭出納簿の帳尻とが合っているかどうか、寝台の前に立たせられて、班の上等兵から調べられた経験を持っていた。金額と帳尻とが合っていないと、胸ぐらを掴まれ、ゆすぶられ、油を搾られた。誰れかゞ金を・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・私の貯金通帳は、まさか娘の名儀のものではないが、しかし、その内容は、或いは竹内トキさんの通帳よりもはるかに貧弱であったかも知れない。金額の正確な報告などは興覚めな事だから言わないが、とにかくその金は、何か具合いの悪い事でも起って、急に兄の家・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・稿の依頼を受けたりしていたが、原稿料は、あったり無かったり、あっても一枚三十銭とか五十銭とか、ひどく安いもので、当時最も親しく附き合っていた学友などと一緒におんでやでお酒を飲みたくても、とても足りない金額であった。「晩年」という創作集なども・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・同じころ、突如一友人にかなりの金額送って、酒か旅行に使いたまえ。今月の小使銭あまってしまったのです、と本心かきしたためた筈でございましたが、また失敗。友人、太宰にやましきことあり、そのうち御助力たのみに来るぞ、と思ったらしく、この推察は、の・・・ 太宰治 「創生記」
・・・この作品は三百枚くらいで完成する筈であるが、雑誌に分載するような事はせず、いきなり単行本として或る出版社から発売される事になっているので、すでに少からぬ金額の前借もしてしまっているのであるから、この原稿は、もはや私のものではないのだ。けれど・・・ 太宰治 「鉄面皮」
出典:青空文庫